花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く
アカネ:私を思って
7月の末から夏休みに突入した。といっても、世間で思い描かれているような素敵なパラダイスはそこにはなく。代わりに用意されたのは先生からのありがたい補習授業と課題の山だった。
来年には受験生。進学校に通う俺たちは学校の名前を背負って難関大学を目指さないといけないから、受験勉強は3年になってからという生ぬるいことは言ってられないのだ。
「いま思ったんだけどよ、栗ちゃんさぁ、どうやってこの学校入ってきたの」
確か、この学校の偏差値は70を超えているはずだ。中学のときにこの高校を目指す人たちはひとつもふたつも次元が違ったように思う。
「テストは赤点スレスレ、授業中も爆睡してて部活のときだけ超元気。高校受験のときの学力はどこいったよ」
「ちょっと語っていい?」
なぜかニヤニヤとした笑みを浮かべている。そういや、栗ちゃんの中学時代の話はあまり聞いたことがなかったと思って、何も言わずに彼の語りを聞くことにした。
夏休みの補習が終わった教室は、とても静かだ。
そこに彼の声だけが響く。
「オレさ、中学のときはめっちゃ頭良かったんだよ」
問題だけが印刷されたプリントの上で栗ちゃんが愛用しているペンがくるくると回る。細長い節くれだった指はプログラムされたかのようにペンを支え、次の動きに導いていく。
「まぁ一言でいうなら燃え尽き症候群ってやつ。中学のときに死ぬほど勉強頑張ったけど、意味あったのかなーって。別に難関大学に行かなくても十分幸せにはなれるし、勉強するのは性に合ってないような気がして窮屈だったから」
真面目な人からすればサボってるようにしか思えないだろうけど、と。
確かに、彼の言うことは何も間違っていない。今の時代、生き方なんて自分で決めるのが一般的になっているし、中学高校の段階で自分の人生を決めてしまうなんてできるわけない。
それでも、彼なりの答えを出した。これは栗ちゃんが足掻いた痕跡なんだ。