花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く


 夏休みの補習も中盤。ほとんどの科目で演習に入って、大学入試の過去問を解き始めたころ。

 これまで一度も、西さんの姿を見たことはなかった。

 彼女は文系で、俺も文系。もし学校に来ていたのだったらどこかのコマで同じになってもいいはずなんだけど、本当に一度も見ていない。補習だから点呼がされるはずもなく、同じコマを取っている人が全部で何人いるのかも不明なまま補習は進んでいる。


 「設問2、傍線部における主人公の気持ちを述べよ。この手の問題は感覚で解こうとする人には難しい問題だ。だが、国語が受験科目になっている理由を考えてみろ。なぜならそこにはきちんとした明確な答えが存在しているからだ。センスでしか解けない問題を大学の入試問題にするなんてことはほとんどないといっていいだろう。わかったな?」


 いつも俺たちの国語を担当している先生とは違う先生が補習を担当している。教科書を読んで内容を要約したものを板書するだけのいつもの先生とは違って、この先生はきちんと受験用の国語を教えてくれる。

 そんなためになる授業も、なんとなく上の空だ。

 話は右から左へ流れていく。耳が大きな筒になったような感覚で、何をしようにもイマイチ身に入らない。

 別に補習には出なくてもいいのだけれど、家にいるほうが居心地が悪いからわざわざ汗だくになりながらここまで来ているわけだ。その努力を思うと、しっかり勉強して時間を有効に使うべきなんだろうけど……。


 「じゃ、今日はここまで。課題は職員室前にある私のボックスに出しておいてください。全員分添削して次の時間に返却します」


 いつもと同じ文言を残して、先生は去っていった。

 これより後には補習は残っていない。さっきの課題をここで終わらせて、今日中に出してしまおう。

 今日は栗ちゃんは試合があるから学校に来ないと言っていた。さすがに夏休みに補習に来ているような人たちは意識が高いというか、ほとんど私語をせずに補習を受けて、それが終われば学校の図書室か最寄りの図書館へ行ってしまう。

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