花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く
家に帰ると夕方の6時だった。
リビングでは両親とひまりが夕食を摂っていた。俺が以前まで座っていたところが、不自然に空いている。でも、俺があの4人掛けテーブルにできた空白を埋めることは許されていない。
よく見ると、台所には佐藤さんがいる。
何か作業をしているわけじゃない。立って、彼らが食事をするところを眺めているだけだ。時折父さんやひまりに話しかけられて笑顔で答えている以外は、本当に仕事のためにそこにいる、という感じだった。
いつもこの時間には俺は自室にこもっているから、こんな光景見たことがなかった。
幸せとは程遠い、常に監視された生活。
離れてみて初めて、この家の異常さに気付いた。
「あ……」
廊下とリビングを仕切る扉はすりガラスになっているのだけれど、そこの一部が剥げていることを俺は知っていた。たまにそこから家族団らんの様子を眺めていたから。
今回も同じように覗いていると、ひまりがこちらに気付いたように視線をあげた。
だめだ、声を上げちゃ。
「どうかしたの、ひまり」
「……学校の宿題あるの忘れてた」
「あら、珍しいわね。いつも帰ってきてすぐに終わらせちゃうのに」
「今日はちょっと疲れてて。お花の稽古もあったし」
ひまりの咄嗟の判断で、俺は危機を逃れられた。足音を立てないようにそっとこの場を立ち去る。
電気の付いていない自分の部屋には藍色が充満している。ひとりでいるにはあまりにも寂しさを誘う部屋だと改めて思った。狭くもなく、広くもなく。畳と漆喰で構成された四角い箱に、やけに洋風な勉強机と電気スタンド、誰かわからないアーティストが描いたらしい大きくてカラフルな絵が壁に飾られている。
カバンを床に捨てて、制服を脱ぐ。2年前、この制服を選んだときはまだまだ大きくなると誰もが思っていたから、少しオーバーサイズのものを買ったのに。結局俺の身長は中学の最後から5センチほどしか伸びていない。スラックスの丈もシャツの袖も余りまくりだ。
──コンコン、
控えめなノック音がした。誰かと思い耳を澄ませると、俺が生まれたときからそばにある心地いい低い声が発される。