花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く
「そんなはずないでしょ。ユリちゃんはもう別の友達と仲良くしてるに決まってる」
伏せられた目を縁取る睫毛がふるりと震えた、ように思えた。目は合わないくせに、やけに自信をもって発されるその言葉がミスマッチな気がしてならない。外では白いテニススコートを身に着けた女子生徒が、ネット付近でハイタッチをしていた。
「ねぇ、なんでそんなに私のことが気になるの?」
「……」
なぜだろう。たった一度しか話したことはなかったのに、今日も来ないといけないと思ったのだ。
「花の香りが、気になって……」
嘘ではない。最初に彼女を捜した理由はそれだったのだから。今も漂っている。濃密な花の香りと、それに混ざる自分の汗のにおい。
「……ちょっとあっち向いてて」
言われた通り、彼女に背を向けてグラウンドを見つめる。ごそごそと彼女が動いている気配だけが感じ取れるが、何が起こっているかは全くわからない。
不安が俺の顔を彼女の方へ向けたがったけれど、懸命に堪える。
「いいよ」
細い凛とした声に誘われて、体の硬直を解く。
振り向いて、俺は息を呑んだ。
彼女の首から肩甲骨にかけて、びっしりと活けられている花。
いや、花が『咲いていた』というのが正確だ。
ありえない光景に、俺は言葉を失う。
「なに……それ、」
振り絞った声はかすれていて、彼女に届いたかどうかはわからない。今彼女はどのような表情で俺に背中を見せているんだろう。
持ち上げられたブラウンの髪がふわりと元の位置に垂らされると、その花たちはきれいに隠れてしまった。