花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く
正直、昨日はあまり眠れなかった。
まぶたは重いくせに全く閉じてくれないし、心がどこかそぞろだった。何も考えられないようで、ずっとぐるぐると何かを考えている。
とにかく、普通の精神状態じゃなかった。
そのせいか、補習授業で国語の文章を読んでいると何度も何度も同じところをなぞってしまったし、英語に至っては小文字のbとdを反対に書くというありえない凡ミスをしてしまった。
(やっぱり、参ってるな……)
養子に出されるという事実に対してではなくて、それをどうやって栗ちゃんと西さん、それ以外のクラスメイトに伝えようかということに現在進行形で頭を悩ませている。
かなり前から話が出ていたことなのに、一度も西さんたちには言っていない。言えなかった。言いたくなかった。
悩み事を相談したら、俺よりも深く悩んでしまうような優しい人たちにそんな話をしたくなかったんだといったら、きっと彼らは怒るだろう。優しいひとだから。
最悪クラスメイトには言わなくてもいいか。栗ちゃんと西さんも、俺が誰にも言わないでって言ったらきっと黙っていてくれる。彼らの優しさにつけ込んでいるとかそういうのじゃないけど、やっぱり大げさなことにしたくないんだ。
目の前に広がった数字に、頭痛がする。
こんなことを考えている場合じゃないのに。まだ早い未来に向けてしている準備だ。別に今やらなくたってどうってことないのに。
みんな眠そうに目をこすりながらペンを動かしている。教室には文系の人間しかいないから、特に数学は退屈なんだ。
くぁ、とあくびをかみ殺して、廊下に目を遣る。コンクリートの地面にゴムが貼ってある簡単なつくり。ところどころ捲れている部分があるけれど、一向に修繕される気配がない。何回か躓きそうになって栗ちゃんに助けてもらったこと、あったっけ。
そんな廊下とももうすぐお別れ。グッバイ、廊下。はがれたゴムでもう誰の足もひっかけるなよ。
解く気なんてとうの昔に失せてしまった数学の問題を、当然のように終えることなく授業終了時間を迎えた。