花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く
父さんが言った通り、「明後日」である今日にその話はあった。
俺自身、すっかりそのことを忘れていたせいで呼び出されたときには本当に心臓が縮み上がってしまった。先生に呼ばれるときは、たいてい俺がちょっとした悪戯をしたときだけだったから。
「宗谷、ちょっと補習が終わったら職員室前の会議室に来てくれ」
学校に着くなり待ち伏せされていたかのように声をかけられた。久々に聞く、担任のやけに真剣な声。あー、そういやそんなことあったなと。
「わっかりやしたー」
下駄箱はたくさんの人でごった返していて、中には俺と仲良くしてくれた人も多かった。適当な返事をすると「おい葵、またなんかやらかしたのか」だとか、「ほどほどにしとけよー」だとか。担任からは怪訝そうな顔を向けられたけれど、まぁいいだろう。
そのまま群れと同化して階段を上がる。昨日あった面白い話、恋バナ、それから部活の先輩の悪口。色々な話がぽんぽんと出てきては、一通りの盛り上がりを見せるとすぐにしぼんで次の話題にかわっていく。
その話に、俺は登場しない。俺がいなくなっても、彼らはちゃんと高校生活を楽しめる証拠だ。悲しいようで、当たり前のような気もする。
補習1コマ目は国語、次は英語、最後に歴史を受けて終わり。
どの授業も退屈で、演習問題は手につかなかった。
「失礼します」
ノックは3回。朝とは一変、至極落ち着いた声でそう告げると、中から入室を許可する返事があった。ドアを開けて目に入ったのは、先生ひとりだけ。
もっと机の上に書類とかあるんだと思ってた。
「すみません、授業がちょっとだけ長引きました」
「いいんだ。おれも隣の藤岡先生の子ども自慢から逃れてきたんだ」
「藤岡先生、ほんとに子煩悩ですよね」
英語の藤岡先生。生徒にとっても理解があって、しっかりとこっちの意見を汲んでくれる。まだ幼い子どもがかわいくて仕方ないらしい。
「と、まあ世間話はここら辺にしておこう」
ふ、と先生の方を見ると、眉間に濃いしわが寄っていた。
「なんで黙ってた」
別に責めるつもりはないんだろうけど、気迫に圧倒されてしまう。にらまれてる、というか、まぁ……にらまれてるんだけど。
「すみませんでした」
「謝罪が欲しいわけじゃないんだ。何で頼ってくれなかったのかと思ってな」
普段俺と栗ちゃんを諫める険しい口調はどこにもない。若いくせに、少しだけ古風な、典型的な教師みたいな話し方をする。お腹の力を抜いてしまえば、いつもの軽口が出てきそうだった。
「頼らなかったというより、頼れなかったんです」
「おれが頼りないからか?」
「いえ、俺自身の問題です」
何を言っても不正解な気がする。本当のことを告げると怒られるかもしれない。祖母のときみたいに。嘘をつくと自分のために時間を割いてもらっていることに対して罪悪感がある。後者の理由は、あまりにもいい子ちゃんすぎるだろうか。
「お前自身、ね」
机を爪で2回コツコツと叩く。何もいい案が思いつかなかったのか、一度首をかしげて彼はこういった。
「怒らないから、本当のことを言ってもらえないか? お前に煙に巻かれるとどうも落ち着かん」
普段あれだけバカなキャラを演じてるくせに、そういうとこだけ頭が回るんだな、と言われる。この先生に限って皮肉を言うなんてことはしない。これは紛れもなく、この人が素直に思ったことだ。