花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く
人影。見覚えのある、それ。
俺の目のあたりに頭のてっぺんがあって、髪は緩いウェーブを描いている。
目が合う。その瞳は暗く濁っていた。ように思えた。
「あの、西さん、えっと……」
「葵くん、ごめんね、私聴いちゃった……」
気まずそうに彼女が視線を逸らす。背後に先生がいることなんてすっかり忘れて、俺は西さんにどうこれまでのことを伝えるかを考えることに必死になっていた。
「ちょっと私、いま混乱してて……あとでね」
パタパタと軽い音が遠ざかっていく。肩に提げていたカバンがずり落ちて、肘のところで停まった。
「西にも言ってなかったのか」
「はい」
「っとにお前は……」
ぼりぼりと先生が頭を掻く音だけが響く。ゆくゆくは言おうと思っていたんだ。自分の決心がついたときに。
まさかこんな形で彼女に伝えることになるなんて、思ってなかったから。
「今しかないだろ。はやく行ってこいよ」
「いま行っても、うまく話せる自信がなくて……」
「うまく言えるかどうかなんてどーでもいいんだよ。お前のちっさいプライドなんか全部捨てちまえ。紙屑より軽いもんにいつまで縋ってんだ」
荒っぽい話し方。先生が『先生』であることを諦めて、ひとりの『男』として言葉をくれた。
それだけのことで、なんでこうも嬉しくなってしまうんだろう。
「おれっ……行ってきます」
「おう。男だろ、せいぜい頑張ってこいや」
今の時代、男とか女とか関係ないですよ。そう言い返そうと思っていたのに、口から言葉が飛び出るまえに脚が動いていた。