花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く
お手洗いに行くのに、「気を付けて」と言われることは普通ないだろう。
藤岡先生は西さんの病気について知っている。体調があまり良くないから大きな動きをしないようにとか、途中で体調が悪くなったら誰かを呼ぶように、とか?
これまで彼女がお手洗いに席を立ったことは一度もなかったから、頭の中で色々な憶測が飛び交う。
先生に許可を出され、感謝の言葉を述べる彼女をそっと見てみたときだった。
目が合った。
明らかに俺のことを見ていた。ライブで好きなアイドルと目が合った、とかいう気のせいで片付けられてしまう類のものでは決してない。
彼女は俺を見ていた。
お手洗いに席を立っただけなのに、やけにきれいなしゃんとした姿勢で彼女は自分の席を離れていった。ドアを開けるときも、音をほとんど立てずに教室を出ていく。
そのあまりの挙動の美しさに、彼女から視線を外せない人さえいた。
「はいそれでは、みなさんこちらに集中してください」
コンコン、と先生が黒板を2度拳で叩く。
「これからみなさんには2人1組でアクティビティをしてもらいます。えーっと……あれ、宗谷くん、少し顔色が悪いですよ」
「え……?」
どう組み分けするかを決めるために教室中をぐるりと見まわした先生が、俺のところで視線を止めてそういった。
「あの、いや、俺……」
「唇の色が良くないです。見ているこっちが心配ですから、とりあえず保健室へ行ってきてください。それに、」
君が抜けたら、ちょうど人数が偶数になるんですよ。
にっこりと笑って言い放つ。
保健室に行けという圧力に耐えきれず、俺は席を立った。
「すみません、行かせていただきます」
周りの「大丈夫か?」という言葉を受けながら教室を出る。