花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く
「そういや葵、あそこに置いてある花なんだけどね」
居間の入り口にある、花瓶に差された紫の花。おとうさんは花を見つめながら言った。
「あれは造花なのかな? 今日うっかり触っちゃったんだけど、質感がまるで本物みたいだったんだ。引っ越してきたときに持ってきたから大切なものなんだとは思ってたんだけど」
「あぁ、あれね。……よくできた造花でしょ。手放すのがなんか惜しくてさ」
笑顔は不自然じゃなかっただろうか。箸を持った方の手でポリポリと頬を掻く。行儀が悪いとか、そんなことを気にしてはいられなかった。
初めてこの家で嘘をついたんだ。
あの日、西さんからもらった花。花瓶に差してずっと持っていた。
1年間ずっと。
花が枯れることはなかった。
毎日毎日、見ない日はないくらい、この食卓でご飯を食べている限り絶対目に入る花は、時が止まってしまったのかと思うくらいにその美しさを失わなかった。
何か特別な処置を施したわけでも、押し花にしたわけでもない。
ただ水の入った花瓶に差しているだけなのに、姿を変えない。
「なんだっけね、あの花の名前」
「シオンだよ。キレイな花でしょ」
花をもらったその日、家に帰ってすぐに調べた。
シオン。幼い頃に見たものと同じ画像が画面上にたくさん表示された。
花にはたいてい開花時期がある。シオンは秋に咲く花だけれど、西さんからもらった花は秋はもちろん、冬も春も夏も咲き続けた。
もしかしたらシオンじゃないのかもしれないと思ってひまりに訊いてみたけれど、ひまりもこれをシオンの花だと言った。
(何が起こってるんだろ……)
「ごちそうさま! 今日もおいしかった!」
「ペロリと食べちゃったわね」
「だっておいしかったんだもん。明日の分もある?」
「あるわよ。多めに作ったから」
「おとうさん、俺の分はちゃんと残しておいてね」
「わかってるさ」
半笑いで言われても説得力がまるでない。頼んだよ、と言い残して、部屋へ戻った。