花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く


 ドタドタと廊下を駆けていく音がする。軽い足取り。どうやらひまりが祖母から解放されたようだ。いつも祖母が退室してから少しだけ待って、ひまりは自室へ戻る。つまり、もうこの建物に敵はいない。

 俺は手洗いに行くため、部屋を出る。

 初め、ここに引っ越してきた時は、このだだっ広い家に興奮を隠しきれなかった。けれど今となっては昔の小さな一軒家に戻りたくて仕方がない。

 なるべく足音を立てないように歩くのは、身を守るためのひとつの手段だ。


 「あ、」


 さっきひまりたちがいた部屋を覗くと、部屋の中央に一輪のオレンジ色をしたユリが横たわっていた。

 不自然なくらい、中央に。

 恐らくこれは忘れられたものではなく、意図的に置かれたものだ。

 誰に向けたメッセージだろう。

 俺たち兄妹は、いつからか、花を通して会話をするようになった。

 これは、祖母に向けたものか、それとも俺に向けたものなのか。

 恐らく前者だ。祖母は花言葉なんて知らない。花は金を稼ぐためのもので、自分が称賛されるために必要なもの。


 そんな祖母に、俺たちふたりが己の感情をぶつける唯一の方法が、花だ。


 俺はオレンジの憎悪の塊を手に持って、ひまりの部屋に行く。
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