花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く
2回拳でノック、1回爪でドアを叩く。
乾いた軽い音が響いたあと、ドアの向こうから間延びした返事があった。
「ひまり、いくらなんでもこれはダメだろ」
こちらにお尻を向け、ベッドの上に寝転んで漫画を読んでいた少女が振り向く。くりっとした大きな瞳が、今にもこぼれそうだ。
「いいじゃん、あのババア、花言葉なんて知らないんだし!」
いかにもガキんちょらしい言葉遣いに、少しだけ安心する。
『俺たちだけはあのばあさんに屈さないように頑張ろうな』
そう約束したことを、ひまりはずっと覚えてくれている。
「今日えりちゃんに遊びにさそわれたのに断っちゃった。あのババアのせい。だーいきらい」
ぷっくりと頬を膨らませてそういうひまりが、どことなく西さんに重なる。
「兄ちゃん、なに笑ってるの」
「いやいや、なんにもないよ。最近俺が仲良くしてる人にそっくりだったから笑っちゃっただけ!」
「へーんなの」
ケラケラ笑う妹を、俺は純粋に尊敬している。
さっきまで祖母の目の前で見せていたしおらしい態度と涙は、全部、ここで生きていくための演技なのだから。
どこまでも賢くて歪むことを知らない自慢の妹は、もしかしたら6つ年の離れた俺より上手く生きていくことができているかもしれない。