花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く
丸文字で綴られた名前を、白い指がゆっくりとなぞる。細い指が文字列を消すように何度も何度も行き来するその動きが妙に艶めかしくて、思わず目を逸らしてしまった。
「いや、全然知らない人」
「じゃあ行かなきゃいいじゃん」
珍しく、怒ってるような。
彼女の目を見ようにも、くりりとした瞳は前髪に隠れてしまっている。
「どうせ断るんなら、行かない方がいいよ。その方が向こうも傷つかずに済む」
「待ってるって言われてるんだから、行かないとかわいそうだよ」
彼女がこんなにも強い語調で話すところを初めて目にした。俺が行かなかったら、間違いなく相手は傷つく。無駄な期待はさせないで済むかもしれないけれど、それはあまりにも不誠実じゃないか。きっと西さんも、俺がそう考えることをわかってるはずだ。
「大丈夫、あとでちゃんと保健室には行くから」
「……わかった」
短い了承の言葉を残し、彼女はいつもよりゆっくりとした動きで教室を出ていった。
胸に澱のようにたまっていくひとつの予感。
俺たちは、相手にも、自分に気持ちにも、踏み込めないでいる。