花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く
母さんしかいない家から出るのは簡単だ。
「母さん、ちょっと遊びに行ってくるね」
「あら珍しい。いつ頃に帰ってこられるの?」
「そんなに遅くはならないと思うよ。友だちと海に行ってくる」
何も嘘は言っていない。祖母が帰ってくるのは恐らく明日になるだろうから、泊まりにさえならなければ全く問題はないわけだ。
さすがに俺も、泊まりがけで西さんと遊べるだけの心の準備はできていない。
「いってらっしゃい。存分に楽しんできてね」
「はーい」
動きやすい靴を選んで、駅まで全速力で走る。
西さんは身体のこともあるから、海に入ることはできない。だから俺も、小さなショルダーバッグに財布とスマホ、それからペットボトルのお茶くらいしか持っていない。
身軽だし、なにより心が軽い。
予定されたより15分ほどはやく駅についたけれど、彼女の姿はもうすでにそこにあった。駅前の、花時計の前で集合。白いふわふわした感じのトップスに、色の薄いジーンズパンツ。あいにく俺にはファッションについての詳しい知識がないから細かいことはわからないけれど、西さんは、いつもよりはるかに可愛かった。
「ごめん、遅れて……はないんだけど、待たせちゃったね」
「ううん。私がもしもの時のことを考えて勝手に早く来ただけだから気にしないで」
はたから見ればただの恋人同士の会話だろう。
けれど、「もしもの時」という言葉に少し引っ掛かりを覚える。
体調、やっぱり良くないのかな。