花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く
「俺には言わせておいて、そっちは何も言わないの?」
彼女は俺から向けられる感情を拒絶しなかった。
けれど、同じ感情が俺にも向けられている保証は、今のところない。
西さんは足元に押し寄せる波に、つま先でちょっかいをかけている。
「たとえば、今ここで私がサンダルを落とすとする。波にさらわれるかさらわれないかは、海のきまぐれだよね」
シンプルなウッド調のサンダル。親指と人差し指の間に、小さな花のモチーフがついたサンダルの片方を脱ぎ落す。それは海に少しだけさらわれて、遠い所へ行ってしまった。あのまま放っておいては、きっと大きな海の方へ流れていってしまうだろう。
「私とずっと一緒にいられる保証なんて、どこにもないんだよ」
私といることが当たり前になって、私がいなくなったとき、葵くんはどんな顔をするだろうね。
きっと、彼女もこんなことを好んで言っているわけじゃない。
髪を束ねたせいで、普段なら見えない未来について意識せざるをえない。
背中の花が、ひとつ落ちた。
「きっと普通の幸せなんてないよ。みんながしてるみたいに、たっくさんデートをして、抱き合って、体を重ねるなんてことはできない。それに痺れを切らして葵くんが私を捨てるようなことがあったら……私は、」
ポタリ、ひとつぶ、彼女の顎を水滴が伝った。
肺が硬直してしまったような気がして、うまく息ができない。
けれど、止まるところを知らない彼女の涙は、そんな俺の口から言葉を引っ張り出す。