花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く
最初は何も考えたくなくて、誰かを待っているふりをしてベンチに座っていた。
春の暖かな日差しを全身に浴びたいと考えて寝転がったら、眠ってしまうのは一瞬だった。
何もかもから解放されたような、風の音と自分の心臓の音くらいしか聞こえないような、あの中途半端な静寂の中、どれくらい眠っていただろう。
「ん……体いたい……」
無理もない。固いベンチで横になっていたせいで肩は凝っているし首は寝違えたような感じがするしで散々だった。
「起きた?」
ただ、ひとつだけ救われたことがある。
からだを起こすと、俺の足元でひとりの女の子が本を読んでいた。徐々に覚醒していくにつれて、おなかのところにブランケットがかかっていることに気づく。腹部が暑いくらいに温かい。
「いくらあったかくなってきたとはいえ、こんなところで寝てたら風邪ひくよ」
「あぁ、うん。ありがとう」
こんな可愛い子、いたんだ。
最初に抱いた感想はそれだけだった。思えば、彼女の見た目は今とほとんど変わっていない。たぶん、あの頃はまだ花を背負ってはいなかったけれど。
ブラウンのふわふわの髪、くりっとした瞳を縁どる長い睫毛。全く気崩されていない新しいノリの利いた制服は、彼女のために作られたのではないかというほどに似合っていた。
茶色いブランケットは彼女のものだろうか。俺が起き上がってそれを畳んでいると、彼女はくふくふと笑った。
「礼儀正しいんだね。男の子なのに珍しい」
「べつにそんなことないよ。男女関係なく、こういうことはしっかりしていかないと」
俺に礼儀を刷り込んでくれた父親に、このときばかりは感謝した。めんどうだといって何度反発したことか……。
「きっと、ちゃんとした家で育ててもらえたんだろうね」
散り始めた桜を見ながら、彼女は言う。