花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く
きっと、今の俺の家は彼女が想像しているほど良いものじゃない。昔は幸せでいっぱいだったけれど、それも思い出として語るものになってしまった。
戻りたいと思っても、もうそれは遠い過去の話。
「何泣いてるのー」
新しい制服に、水滴が落ちる。
鼻の奥がツンとする感覚も、目に涙が溜まる感覚も、何もなかったのに。
自分の意に反して零れ落ちていくそれを止める術はなく、俺は戸惑うことしかできなかった。
「あのっ……ごめんね、なんか、初対面なのに、俺……めんどくさいよね」
「宗谷葵くん、でしょ。知ってるよ」
いつもにぎやかだよね、と、うたうように彼女が言う。
「誰にでもつらいことはあるよ。泣きたいときだってあるし。そういうときは泣けばいいんだよ。子どもみたいに声を上げて。そしたら、誰かが気づいてくれるから」
だめだ、と本能的に思った。
これ以上彼女の声を聴いていると、本当に恥も外聞も全部捨てて泣きわめいてしまうことになる。
そうなる前に、逃げないと。
「あ、俺用事あるんだった! ごめんね、ブランケットありがとう!」
「どういたしまして。また話す機会があるといいね」
じゃあね、と手を振って、俺は半ば逃げるように彼女のもとを離れた。彼女のゆるゆるとした動きには品があって、何となく母を彷彿とさせるものがある。
結局、そのあと彼女と話すことはなかったし、すれ違うことが何度かあっても、彼女はこちらに目もくれなかった。