花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く
帰りの電車の中でずっと昔の思い出に浸っていたせいで、少しだけ心が浮き立っていた。玄関の扉を開ける前に、一度だけ深呼吸をしてスイッチを切り替える。
「……ただいま帰りました」
いつものように、薄暗い廊下を通り、自室へ向かう。
足音を立てないように歩く。歩く。歩く。
……なにか、おかしい。
玄関にいたときから薄々感じていた違和感が膨らんでいく。
少しだけ怖くなって、いつもひまりが生け花の稽古をしている部屋を開けてみる。
誰もいない。
父さんの書斎を開けてみる。
誰もいない。
母さんの部屋も、ひまりの部屋も、誰もいなかった。
まさか帰ってきていないってことはないし、家族が俺に内緒で外出したことは一度もない。いつもなら連絡のひとつは必ずくれる。
母屋の方にいるのかな……。
俺たちが普段住んでいるのは離れで、祖母が住んでいるところが母屋。明確に区別されている。俺たちが母屋に行くには祖母の手伝いをしている人に確認を取らなければならない。