花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く
「佐藤さん、母屋に行ってもよろしいですか」
母屋への入り口のところで掃除をしていた中年の女性、佐藤さんに恐る恐る声をかけると、佐藤さんは俺からすっと目を逸らした。
「あの、佐藤さん、」
「葵さんは……部屋で勉強をするよう、幸枝先生がおっしゃっていました」
嘘だ。祖母が俺に直接指示を下すことはありえない。
頑なに俺と目を合わせようとしない佐藤さんに、どんどん募っていく不安感と不信感。もともとこの家に対する信用なんてものは欠片もなかったけれど、佐藤さんはそれほど俺を邪険に扱ったことはなかった。
「佐藤さん、奥で何かやってるんですか?」
「それは言えません。……聞かない方がよいと思います」
聞かない方がいい……?
いつまでも佐藤さんを見つめていると、突然奥から怒鳴り声が聞こえてきた。
悲鳴に近いそれは短命で、すぐに収まる。
あれは、たぶんひまりの声だ。
何を言っているかはわからなかったけれど、緊迫した空気が漂っていることはわかった。
俺以外の前では温厚なひまりがあれほどの金切り声をあげるなんて。
「佐藤さん、俺、やっぱり行かないと……」
「葵さん! わたしは、あなたのことを大切に思っているんです……それを少しでも感じていただけているなら……最後のお願いです……どうか何も言わず、自室へお戻りください」