花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く


 笑顔は引きつってなかっただろうか。イマイチ自信はなかったけれど、彼女はふぅんと言って鳴動し始めた手元のスマホに視線を落とした。画面はよく見えないけれど、様子からして電話がかかってきたようだった。


 「俺、邪魔なら、外出るけど」

 「別にいいよ。そんなの悪いし。お母さんから迎えに来たよって連絡きただけだから」


 さっきまでの険しい顔はどこへやら、彼女はへらりと可愛らしく笑って着信を拒否した。ベッドのすぐそばにあったカバンを、ベッドサイドの机に置く。めくられた掛け布団から出てきた脚は、すらりと細く、彼女はどこまでも造り物のようだった。


 「じゃあね、葵くん。私はもう帰るから」

 「あ、うん。また明日」


 ブラウンの髪がふわりと揺れる。その姿に見とれていると、時間さえも忘れてしまいそうになった。気付いた時にはもう彼女は部屋にいなくて、俺だけがぽつんと彼女に向けて振った手のひらを空中に遊ばせたまま、立ち尽くしていた。


 「あれ、なんだこれ」


 彼女のいたベッドの足元に、紫の小ぶりな花が落ちていた。

 茎を持って花をよく見てみる。俯いたように咲いたその花の名前を、俺は知っていた。


 「カタクリ?」


 なんでこんなところに。そういえば、花の香りがするからとここを覗いたのに、花瓶や花束のようなものはひとつもない。あれだけ濃い香りがするんだから、相当な量の花があって当然だと考えていたのに。

 西さんの柔軟剤かな?

 最近はとても本物の花に近い香りがするものも発売されているし、きっとそうだろうと自分に言い聞かせる。その答えに満足できていない自分には、知らないふりをして。


 「あら、誰かいるの?」

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