花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く
「ただいま、帰りました……」
今日も家の廊下は薄暗くて、誰の気配も感じられない。
ひまりと祖母が花の稽古をしている部屋も電気がついておらず、湿ったあつい空気がまとわりついてくるのは、少しだけ不気味にすら思えた。
自室に着くまでの距離がとても長く感じられる。
「葵さん」
ふいに、背後から名前を呼ばれる。
弱弱しいその声は佐藤さんから発されたもので、振り向くとそこには蒼い顔をした彼女が立っていた。
「……佐藤さん、ただいま帰りました」
「おかえりなさい。葵さん、この後少しばかり時間はありますか」
「え、あぁはい。ありますけど」
どうせ部屋に戻っても勉強くらいしかすることがない。何か手伝いでも頼まれるのかと思っていたら、彼女の言葉が俺の脳天を殴打してきた。
「幸枝先生が、お呼びです。今すぐに先生のお部屋に行ってください」
今にも消え入りそうな声。了承の旨を伝えようとしたときだった。
「それから……申し訳ありませんでした」