花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く
祖母のいる母屋に足を踏み入れたのは何年ぶりだろう。
俺はこっちに越してきたときからずっと離れで暮らしていて、母屋に立ち入ったことなんて数回ほどしかない。それもいたずらのように忍び入ったことがあるだけで、途中で佐藤さんに見つかって叱られたことばかりだった。
想像がつかない。
ずっと俺を邪険に扱ってきた祖母が急に俺を呼び出して、しかも聞くところによると俺しか呼ばれていないらしい。
昨日父さん、母さん、ひまりが母屋にいたのと、なにか関係があるのだろうか。
母屋は離れと違って、より厳かな空気が漂っている。木造なことにはどちらも変わりないけれど、母屋はより太く、黒い立派な木材を使って建てられている。
立ち入るだけで、肺の空気が締め出されるような。
制服のボタンを全て閉めて、シャツも入れ、姿勢を正す。
「おばあさま、葵です」
ぴったりと閉じられた障子の前で正座をする。奥にいるはずの人物に向かって声をかけると、しわがれた老婆の返事があった。
「入りなさい」
きちんと両手を使って、静かに扉を開ける。
着物をひとつの乱れもなくまとい眉間にしわを寄せた祖母を見て、これから行われるのがいい話ではないことだけは容易に想像できた。
「失礼します」
頭のてっぺんから足の先まで気を抜くことなく、父さんに教えられたとおりに動いていくと、まるで自分が自分じゃないような気さえしてくる。