全身全霊、きみが好きだ!
果たしてそれは、良いのか、悪いのか。
名前を呼ばれた彼女は、携帯に落としていた視線をゆっくりとあげて、それをゆっくりと声の発信源へと向けた。
「なんで家にいねぇんだよ」
じゃり、じゃり。公園の砂利を踏みしめる音と、声の主、樋爪が近付いてくる。不機嫌の文字を顔面に張り付けながら、そいつは小さく舌をうつ。
「……将冴、」
「あ?」
「これ」
びくり、僅かに肩がはねた俺とは違って、あの凶悪な顔面に慣れているのか、月島さんは臆することなく手の中にある携帯をその顔前に突き付けた。
「んだこれ。盗撮かよ」
「そうね。でも今はそんな話してない」
「あ?」
「ねぇ将冴……これ、どういうこと?」
「どういうも何もみたまんまだろうが」
「じゃあ認めるのね?」
「は? 何を?」
「浮気、してるんでしょ?」
月島さんは、声を荒げるでもなく、淡々と音を吐く。
己の不貞を問い詰められているというのに、悪びれる様子もない樋爪にふつりと怒りがわいて、同時に、どろりと汚い何かが俺の中で溜まっていく。
「してねぇ」
「バレバレな嘘、つかないで」
誤魔化せるとでも思ったのだろうか。こんなの、よっぽどのお人好しじゃなきゃ、そんな否定なんて信じやしない。現に、彼女の声色には少しだけ怒りが含まれ始めている。
修羅場だ。他人事のようにそう思って、多分俺は部外者だし、この場から離脱すべきだろうかと悩む。
「っ違ぇっつってんだろ! よく見ろや! お前が浮気だなんだっつてる女は桜花だわ!」
「っだから! そんな嘘誰が信じるの!? この女の人はセミロング! でも桜花ちゃんはずっとボブでしょ!先週会ったときもボブだった! 一週間でここまで伸びるわけないでしょ! 馬鹿なの!?」
「あぁあああ! うっぜぇな! エクステつけたの~見て見て~可愛いっしょ~? だとかで自慢してきたんだよくそが!」
「はあ!? そんな嘘が通じると思ってるの!? そんなわけないでしょ! 桜花ちゃんを裏切るだけじゃなく悲しませて泣かせるなんて! 絶対許さないから!!」
「聞けよ! 人の話を!!」
しかし、段々と加速し始めた言い合いに、段々と増していくふたつの声と、段々と違う方向に進んでいく彼らの会話を前に、そんな考えは早々に消え失せた。