追放された大聖女は隣国で男装した結果、竜王に見初められる
 余計な考えを頭から追い出して臨んだ舞台が終わり、帰宅の準備をする。
 関係者専用の裏口を出ると、建物の影から一人の男が姿を現した。外灯の灯りの下、待ち構えていたのはルミール王太子だった。
 彼はずんずんとこちらに歩いてくると、動けないフローラの腕をつかんだ。

「二人で話をしよう。君が偽名を名乗りたいのなら、それでも構わない。知っていると思うが、我が国は今――」

 けれど、その言葉は途中で途切れる。
 バサリと翼を広げる音が耳に飛び込んできて、二人して夜空を見上げる。墨をこぼしたような暗闇に紛れて、何かがこちらに飛んでくる。
 かと思えば、ドスンと大きな音を立てて着地した。石畳の地面がわずかに揺れた。
 目が合うと、威嚇するように鋭い牙がのぞく。闇色に染まったような、漆黒の鱗を持った竜だった。

「な、なんだ!?」
「去れ、人間。そこの娘は竜王国の人間。許可なく連れ去ることは許さない」

 人語を操るのは成竜の証しだ。
 竜は不機嫌な様子を隠しもせず、口の中に火玉を作る。ルミール王太子は形勢不利を悟ったのか、小さく舌打ちをした後、脱兎の如く逃げ出した。
 フローラは緊張の糸が切れたように、その場に力なく座り込んだ。
 そのフローラの前に男の手が差し伸べられる。視線を上げると、真面目な顔をしたアレクがいた。なぜか、髪色が黒になっていたが。

「あなた……アレク……?」
< 10 / 15 >

この作品をシェア

pagetop