追放された大聖女は隣国で男装した結果、竜王に見初められる
毎週末になると、アレクセイは臣下の目を盗み、竜王の仕事を部下に押しつけて城下町へ出かけていく。竜王だと一目でわからないように魔法の粉で髪色を染め、行きつけとなっている歌劇団へと向かう。
劇団長のミリアムはアレクセイの正体に気づいているようだが、見て見ぬふりをしてくれている。大聖女の行方ももちろん気になるが、それ以上に興味を引かれているのはフローラだった。
動けなくなった自分を介抱してくれた恩も忘れていないが、彼女に近づく虫がいないか、にらみを利かす。端役ばかりだった彼女は今月から主役の弟役に抜擢され、スポットライトの下に出てくる回数が増えた。
それにしたがい、男性客も徐々に彼女の魅力に気づき始めていた。先日、自分以外からも花を贈られていたらしい。それをミリアムから教えられ、歯がゆい気持ちに駆られた。
(僕が彼女の恋人になれば、堂々と牽制してやれるのに――)
竜王国において、竜族と人間の恋は珍しくない。だが、見た目は同じに見えても寿命が違うため、大抵の女性は結婚には慎重だ。恋人にはいいが、人生の伴侶には同じ人間がいいという話もよく聞く。
足繁く通いフローラと会話を重ねるにつれて、彼女は遊びで男と付き合う性格でないことは調査済みだ。やるならば、結婚前提にした健全なお付き合いからだろう。
しかし、日頃から男装が板についている彼女を見ている限り、恋愛事には一定の距離を置いているように見える。昔、悪い男にでもひっかかってしまったのだろうか。
男装が彼女を守る鎧だとしたら、自分に勝ち目はないかもしれない。
それに、アレクセイは自分が竜王だということは伏せている。今まで通りのフランクなお付き合いがしたいのと、正体を明かせば逃げられる可能性が高いことが主な理由だった。
「……また来てくれたの?」
涼やかな声に意識を戻し、壁際にもたれていた体を引き起こす。ワインレッドの薔薇を中心に黄色とオレンジのコスモス、シルバーリーフで作った花束を差し出す。
「お疲れさま。今夜もいい舞台だった。これから食事に誘ってもいいかな?」
「ふふ。いつもありがとう」
花束を大事そうに抱きかかえ、フローラがふわりと笑う。
瞬間、胸の鼓動がひときわ大きく跳ねた。自分の気持ちはとっくに自覚済みだ。
男物の服を着ていても、彼女の魅力は損なわれない。だが、もし自分のためにドレスで着飾ってくれたと想像するだけで、胸が高鳴る。
贔屓にしている個室のレストランにフローラを連れ、ディナーを楽しむ。赤ワインが注がれたワイングラスを傾け、柔らかく煮込んだ牛肉と野菜のソテーを口に頬張る。
彼女の話題は主に舞台の話。それから仲間から聞いた世間話。アレクセイのことについての質問はほとんどない。触れられたくないのが伝わっているのかもしれない。
「ねえ。竜王国に瘴気が発生したら、どうなるのかしら」
「ん?」
「普通は、神官たちが浄化の儀式をすれば収まるのよね。でも隣国の瘴気はすごい勢いで増えているって聞いたわ」
「もしかして、怖いの?」
顔色を曇らせたフローラは何かに怯えるように、ナイフで切ったお肉を見下ろしている。
アレクセイは彼女を元気づけたくて、とっさに口にする。
「きっと大丈夫だよ。大聖女が見つかれば。彼女なら、この瘴気を簡単に打ち払ってくれるだろうから」
「…………」
「僕が――見つけてみせるから。だから心配しないで」
何の根拠もない言葉だったが、フローラは力なく笑った。
「そうね。大聖女ならきっと、不可能を可能にしてくれるわよね」
「ああ、もちろん」
その笑顔の裏側で彼女が何を考えていたかなんて、アレクセイには想像もつかなかった。
劇団長のミリアムはアレクセイの正体に気づいているようだが、見て見ぬふりをしてくれている。大聖女の行方ももちろん気になるが、それ以上に興味を引かれているのはフローラだった。
動けなくなった自分を介抱してくれた恩も忘れていないが、彼女に近づく虫がいないか、にらみを利かす。端役ばかりだった彼女は今月から主役の弟役に抜擢され、スポットライトの下に出てくる回数が増えた。
それにしたがい、男性客も徐々に彼女の魅力に気づき始めていた。先日、自分以外からも花を贈られていたらしい。それをミリアムから教えられ、歯がゆい気持ちに駆られた。
(僕が彼女の恋人になれば、堂々と牽制してやれるのに――)
竜王国において、竜族と人間の恋は珍しくない。だが、見た目は同じに見えても寿命が違うため、大抵の女性は結婚には慎重だ。恋人にはいいが、人生の伴侶には同じ人間がいいという話もよく聞く。
足繁く通いフローラと会話を重ねるにつれて、彼女は遊びで男と付き合う性格でないことは調査済みだ。やるならば、結婚前提にした健全なお付き合いからだろう。
しかし、日頃から男装が板についている彼女を見ている限り、恋愛事には一定の距離を置いているように見える。昔、悪い男にでもひっかかってしまったのだろうか。
男装が彼女を守る鎧だとしたら、自分に勝ち目はないかもしれない。
それに、アレクセイは自分が竜王だということは伏せている。今まで通りのフランクなお付き合いがしたいのと、正体を明かせば逃げられる可能性が高いことが主な理由だった。
「……また来てくれたの?」
涼やかな声に意識を戻し、壁際にもたれていた体を引き起こす。ワインレッドの薔薇を中心に黄色とオレンジのコスモス、シルバーリーフで作った花束を差し出す。
「お疲れさま。今夜もいい舞台だった。これから食事に誘ってもいいかな?」
「ふふ。いつもありがとう」
花束を大事そうに抱きかかえ、フローラがふわりと笑う。
瞬間、胸の鼓動がひときわ大きく跳ねた。自分の気持ちはとっくに自覚済みだ。
男物の服を着ていても、彼女の魅力は損なわれない。だが、もし自分のためにドレスで着飾ってくれたと想像するだけで、胸が高鳴る。
贔屓にしている個室のレストランにフローラを連れ、ディナーを楽しむ。赤ワインが注がれたワイングラスを傾け、柔らかく煮込んだ牛肉と野菜のソテーを口に頬張る。
彼女の話題は主に舞台の話。それから仲間から聞いた世間話。アレクセイのことについての質問はほとんどない。触れられたくないのが伝わっているのかもしれない。
「ねえ。竜王国に瘴気が発生したら、どうなるのかしら」
「ん?」
「普通は、神官たちが浄化の儀式をすれば収まるのよね。でも隣国の瘴気はすごい勢いで増えているって聞いたわ」
「もしかして、怖いの?」
顔色を曇らせたフローラは何かに怯えるように、ナイフで切ったお肉を見下ろしている。
アレクセイは彼女を元気づけたくて、とっさに口にする。
「きっと大丈夫だよ。大聖女が見つかれば。彼女なら、この瘴気を簡単に打ち払ってくれるだろうから」
「…………」
「僕が――見つけてみせるから。だから心配しないで」
何の根拠もない言葉だったが、フローラは力なく笑った。
「そうね。大聖女ならきっと、不可能を可能にしてくれるわよね」
「ああ、もちろん」
その笑顔の裏側で彼女が何を考えていたかなんて、アレクセイには想像もつかなかった。