追放された大聖女は隣国で男装した結果、竜王に見初められる
商業会議所の定期報告会に付き添いに行った帰り道、ミリアムに連れられて近くのカフェに入る。店内は満席だったので、外のテラス席へと案内された。
ミリアムの奢りということもあり、フローラは苺のパフェを注文した。
注文したものが来るまでの待ち時間、ミリアムは外の旅行者を見てしみじみとつぶやく。
「ヴァルジェ王国からの避難者が増えてきたわねえ……」
「そう、ですね……」
旅行鞄を持って避難してきた家族連れを見ながら、フローラはなんとも言えない気持ちになる。もし自分が国外に出ていなければ、今より状況はマシだったかもしれない。聖女の周囲は瘴気が発生しにくいから。
「瘴気は減るどころか増える一方ですって。ファルタカ竜王国でも山間部では瘴気が発生しているらしいし。このままだと、ここも危ないかもしれないわね」
「……もし瘴気が城下町にも出てきたら、どうなるんでしょうか?」
「瘴気の濃度にもよるけど、地方に避難する必要も出てくるでしょうね」
じわじわと広がる瘴気の包囲網に焦りが募る。
自分は歌うだけで瘴気を消すことができる。祈るだけで傷を癒やすこともできる。
竜王国にも瘴気が出始めている以上、いつまでも隠れてはいられないだろう。けれど、今さら、どうやって名乗り出ろというのか――。
「……フローラ? 怖い顔をしてどうしたの?」
ミリアムが労るように声をかける。フローラはすぐに表情を取り繕って笑みを浮かべた。
「なんでもありません。大丈夫――」
です、と続けようとした言葉が途切れる。
(どうして、ここに……この人が……)
ここにいるはずのない人物と目が合い、戸惑いが先に立つ。
「探したよ。フェリシア。君の力が必要なんだ」
「ルミール王太子……」
白金の髪は肩口までまっすぐと伸び、緑の瞳がジッと自分を見つめる。ルミール・ロア・ヴァルジェ。だが、いつものきらびやかな衣装とは違い、質素な旅装束だ。護衛だろう、目つきが鋭い男が一人、後ろで控えている。
硬直して動けないフローラを見て何かを感じたのか、ミリアムが話に割り込む。
「人違いではありませんか? 彼女はフローラです」
「……なんだと? 髪は確かに短くなってはいるが、その顔はフェリシアだろう。俺が元婚約者を見間違えるはずがない」
「いいえ。彼女はフローラで、うちの歌劇団の団員です。フェリシアという少女はここにはいません」
ミリアムがキッパリ言うと、ルミール王太子は虚を突かれたような顔になった。
「劇団員……?」
「シャイン・ドロッセル歌劇団です。今夜も舞台がありますので、ご興味がありましたらぜひ一度ご観覧くださいませ」
ミリアムの言葉が正しいのか判断がつかぬ様子で、ルミール王太子がフローラとミリアムを交互に見やる。その視線が居たたまれなくて、フローラは椅子から立ち上がる。
「し、失礼します……!」
荷物を抱えて、大急ぎでカフェを後にする。
ルミール王太子とミリアムの声が遠くで聞こえたが、一度走り出した足はすぐには止められない。誰もいない劇団の控え室の椅子に座り、どっと息を吐く。
急いで帰ってきたから、呼吸が乱れている。胸に手を当てて深呼吸を繰り返す。
(び、びっくりした……。やっぱり、連れ戻しに来たのよね……?)
王太子が自ら来るなんて、よほど状況が切迫しているのかもしれない。けれど、自分は国に戻るつもりはない。その気持ちは変わっていないが、本当にこのままでいいのかと自分に問いかける。
(私はもうフェリシアじゃない。殿下の婚約者でもない……)
だが、いくら考えても、答えは出なかった。
ミリアムの奢りということもあり、フローラは苺のパフェを注文した。
注文したものが来るまでの待ち時間、ミリアムは外の旅行者を見てしみじみとつぶやく。
「ヴァルジェ王国からの避難者が増えてきたわねえ……」
「そう、ですね……」
旅行鞄を持って避難してきた家族連れを見ながら、フローラはなんとも言えない気持ちになる。もし自分が国外に出ていなければ、今より状況はマシだったかもしれない。聖女の周囲は瘴気が発生しにくいから。
「瘴気は減るどころか増える一方ですって。ファルタカ竜王国でも山間部では瘴気が発生しているらしいし。このままだと、ここも危ないかもしれないわね」
「……もし瘴気が城下町にも出てきたら、どうなるんでしょうか?」
「瘴気の濃度にもよるけど、地方に避難する必要も出てくるでしょうね」
じわじわと広がる瘴気の包囲網に焦りが募る。
自分は歌うだけで瘴気を消すことができる。祈るだけで傷を癒やすこともできる。
竜王国にも瘴気が出始めている以上、いつまでも隠れてはいられないだろう。けれど、今さら、どうやって名乗り出ろというのか――。
「……フローラ? 怖い顔をしてどうしたの?」
ミリアムが労るように声をかける。フローラはすぐに表情を取り繕って笑みを浮かべた。
「なんでもありません。大丈夫――」
です、と続けようとした言葉が途切れる。
(どうして、ここに……この人が……)
ここにいるはずのない人物と目が合い、戸惑いが先に立つ。
「探したよ。フェリシア。君の力が必要なんだ」
「ルミール王太子……」
白金の髪は肩口までまっすぐと伸び、緑の瞳がジッと自分を見つめる。ルミール・ロア・ヴァルジェ。だが、いつものきらびやかな衣装とは違い、質素な旅装束だ。護衛だろう、目つきが鋭い男が一人、後ろで控えている。
硬直して動けないフローラを見て何かを感じたのか、ミリアムが話に割り込む。
「人違いではありませんか? 彼女はフローラです」
「……なんだと? 髪は確かに短くなってはいるが、その顔はフェリシアだろう。俺が元婚約者を見間違えるはずがない」
「いいえ。彼女はフローラで、うちの歌劇団の団員です。フェリシアという少女はここにはいません」
ミリアムがキッパリ言うと、ルミール王太子は虚を突かれたような顔になった。
「劇団員……?」
「シャイン・ドロッセル歌劇団です。今夜も舞台がありますので、ご興味がありましたらぜひ一度ご観覧くださいませ」
ミリアムの言葉が正しいのか判断がつかぬ様子で、ルミール王太子がフローラとミリアムを交互に見やる。その視線が居たたまれなくて、フローラは椅子から立ち上がる。
「し、失礼します……!」
荷物を抱えて、大急ぎでカフェを後にする。
ルミール王太子とミリアムの声が遠くで聞こえたが、一度走り出した足はすぐには止められない。誰もいない劇団の控え室の椅子に座り、どっと息を吐く。
急いで帰ってきたから、呼吸が乱れている。胸に手を当てて深呼吸を繰り返す。
(び、びっくりした……。やっぱり、連れ戻しに来たのよね……?)
王太子が自ら来るなんて、よほど状況が切迫しているのかもしれない。けれど、自分は国に戻るつもりはない。その気持ちは変わっていないが、本当にこのままでいいのかと自分に問いかける。
(私はもうフェリシアじゃない。殿下の婚約者でもない……)
だが、いくら考えても、答えは出なかった。