義理のお兄ちゃんの学園プリンスに愛されちゃってます~たくさんの好きをあなたに~
夜を二人で
「悪かったな、こんな」
 梓を無事、だろう。外に連れ出して渉はまずそう言った。
「危ないことはするなよ、とか言いながら……矛盾してるよな」
 気まずそうだった。自分で言っておきながら、と言ったとおりなのだから当然だろう。
 でも梓はすぐに首を振った。
「ううん。お兄ちゃんと一緒なら危ないはずがないもん」
 それは梓の渉に対する信頼を表す言葉だった。
 けれど渉は小さく呟いた。梓に聞こえるか聞こえないか、かすかな声で。
「お兄ちゃん、か」
 一瞬、空気が止まったように感じたけれど、すぐに元通りになった。
「行こう」
 渉は再び梓に手を伸ばした。今度はこれまでの比ではなかった。
 渉が触れたのは、梓の手であったのだから。大きな手にすっぽり包まれてしまう。
 どくっと心臓が高鳴って、今度はおさまるはずがなく、どくどくと速く鼓動を刻む。
 腕を握られたときの比ではなく、手が熱い。やけどでもしてしまいそうだと感じた。
「ど、どこに、行くの?」
 やっと言った。この胸の鼓動と、きっと熱くなっている顔をごまかしたくて。
 こんなこと、渉には筒抜けだろうけれど。なにしろ手を繋がれてしまっている。
 けれど落ちつけるはずがないではないか。
「……いいところ、だよ」
 数歩先を歩いている渉は、ちょっと梓を振り返って笑みを浮かべた。
 その笑みは優しいものだったのに、どこか固いような気がするもの。
 いいところ、とは。
 梓はもっと疑問が深まってしまったのに、渉はそれ以上の説明をしてくれなかった。
 おまけに今までにないようなことに、それからは沈黙だった。
 初めて会ってから、そう、慣れない慶隼学園まで遠くから通学していた時期の梓を、駅まで毎朝迎えに来てくれていた頃。
 そういうときだって、渉は沈黙などしなかったのだ。
 梓がうまくしゃべれなくいても、それをフォローするように、あれこれしゃべって、ときには質問をしてきて、梓がしゃべりやすいようにしてくれた。
 優しい言葉で、優しい声で。
 でも今はそれがない。
 おかしい、と思ってしまう。
 いや、ここまでのできごとがすでに相当おかしいのだが。
 梓はそれについていくしかない。
< 120 / 128 >

この作品をシェア

pagetop