義理のお兄ちゃんの学園プリンスに愛されちゃってます~たくさんの好きをあなたに~
 渉の部屋を訪ねると、最近ほんのりこの香りがすることがあった。
 それは渉が学校から帰ってきたタイミングが多かった。お風呂を出たあとではこの香りはしない。
 つまり、部活のあとにこの香りがするものを使っているということだろう。
 そして、部活のあとにこのような香りがするものといったら、相場は決まっている。制汗剤か、汗拭きシートなどだ。
 オトナなんだなぁ。
 梓は勉強中にもかかわらず、なんだか感心してしまった。
 クラスの男子は、体育のあとや部活のあとでもこういうものは使わない。悪く言えば、汗臭いと感じてしまうこともある。
 女子は使う子が多いけれど。身なりに気を使う子が多いのだ。
 梓も制汗剤のスプレーを一本持っていた。ラズベリーの甘い香りがして気に入っているもの。
 でもそれだって、ここ数年のことだ。小学校六年生の夏に、友達が使い出したのを見て、自分もと買ったものだ。
 女子はそういう習慣になっていたけれど、でも男子はやはり違うのである。こういうものを使っている男子は少ないのではないかと、梓は日常から思っていた。
 けれど渉は違う。部活後からはこのシトラスのいい香りがするのだ。
 梓がオトナなんだなぁ、と感じたのはそこである。
 身の回りのことに気を使う、という意味でオトナなのである。
 今の渉からこの香りがするのは、多分、朝に走ってきたからだろう。部活が休みのときは、渉は大抵近所を走りに行くので。
 走ってきたけれど、今日はそれほど暑くないからシャワーを浴びるほどではなく、だから汗拭きシートなどを使ったのかもしれなかった。
 いい香り。
 梓はなんだかうっとりしてしまった。
 柑橘は夏らしくて爽やかだ。
「……わからない?」
 不意に聞かれて、はっとした。いけない、と思う。渉は熱心に教えてくれていたのに、こんな、気を散らすようなことを。
 梓はあせった。そしてそれゆえにか、余計なことを言ってしまう。
「そ、そんなことないよ! いい香りがして……」
 言ってから気付いた。一気に顔が熱くなる。
 男のひとをいい香り、なんて失礼だったのではないか。しかも匂いを嗅いでいたなど思われたら非常に気まずい。
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