義理のお兄ちゃんの学園プリンスに愛されちゃってます~たくさんの好きをあなたに~
「……ああ。そうなのか。悪かったな」
「えっ! わ、悪いなんて! 私が……」
 渉が謝るのがドア越しに、背中の上から聞こえた。でも悪いのは自分なのである。あわあわと言ったけれど。
「入浴剤な。ちゃんと入れて入るから大丈夫だ」
「そ、そう。……じゃ、本当にごめんなさい。私、行くね……」
 そう言われたので、もう一度謝って梓はその場を離れた。ふらふらと歩いてリビングへ入る。今度は静かにドアを閉めた。
 冷房の効いた部屋に入ったのに、熱くてならなかった。見てしまったものも、自分のしてしまったことも。
 一番熱いのは顔で、一番冷たいのは心臓だった。
 冷たいのはさっきからだ。渉に失礼なことをしてしまって、嫌われてしまったらどうしよう、という強い不安。
 しかし熱いのは、まったく違う方向からのことだった。
 見てしまった、渉の半裸姿。
 しっかりついていた筋肉が力強くて……まさに男のひと、だった。
 同級生の男子のそういう姿は何度か見た機会があった。横着をして、教室で部活の服や体操服に着替える子がたまにいるのだ。
 そんなところ見たくないのに着替えられて迷惑、と思っていたのに。
 まぁとにかく、日常で見えてしまうそれとはまったく違っていた。
 渉は梓の学年より、二才上だ。でも、たったそれだけでこれほど違うとは思わなかったし、初めて知った。
 単に渉が運動をしているから筋肉がついて、体がしっかりしているというのはあるだろうけど。
 おまけに梓はお父さんの記憶がほとんどなかった。梓がまだ小さい頃に亡くなってしまったのだ。
 なので男のひとの体を目にする機会などほぼなく、ここまで来てしまって。よって、梓には刺激が強すぎた。
 お兄ちゃんは、男子である以上に男のひとなんだ。
 梓にそう思い知らせてくるような事故であった、この脱衣室の出来事は。
 もうスマホゲームどころではなかった。
 梓は熱くなった頬を押さえて、はぁ、とため息をつく。
 それは感嘆であり、また、不安からのものであった。
 このあとどうしよう。お兄ちゃんだってずっとお風呂に入っているわけじゃない。あがったらリビングに来るだろう。
 いったいどういう顔をして会えと。
 とりあえずもう一回謝らないとだけど。
 ああ、やっぱり怒られたり嫌われてしまったら。
 梓の心と体は、熱くなったり冷たくなったり、ちっとも落ちついてくれなかった。
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