義理のお兄ちゃんの学園プリンスに愛されちゃってます~たくさんの好きをあなたに~
「……いい風呂だったよ。ありがとう」
 リビングのドアが小さく鳴ったとき、梓の心臓は飛び出しそうになった。いったん少し落ち着いていたのに、またばくばくと速くなってしまう。
 渉の声に、おそるおそるそちらを見た。
 落ちつけなくてスマホをいじっていたのだけど、もうゲームどころではなかった。散漫にSNSを見ていただけだ。びくりとして、すがるようにスマホをぎゅっと握ってしまう。
「悪かったな」
 けれどそんな梓にかけられのはそれであった。
 え、と梓は意外に感じた。どうして渉のほうが謝るのか。
 渉は気まずげな顔をしていた。
 いつもそうであるように、髪を拭いたタオルを首からかけて、くつろぐときのスウェット姿で。
 リラックスした、家での姿。暮らして間もない頃はその姿を見るのにどきどきしてしまったり落ちつかなかったりしたけれど、今では逆にほっとする。家族でいてくれるのだ、と感じられて。
 しかし今はそれどころではない。気まずそうな表情と、なぜか謝られたのが問題だった。
「鍵をかけ忘れてたからな……気遣ってくれたのに、悪かった。あんなところを見せて……」
 ああ、なるほど。
 ほんの少しだけ梓は、ほっとした。
 確かに脱衣室は鍵がついている。お風呂というプライベートな部屋に繋がっているからだ。
 確かに渉が普段通りに鍵をかけていれば、梓が間違って開けようとしても、阻止されたはずなのだから。
 でも渉が悪いはずはないではないか。
「う、ううん……ノックもしないで開けた私のせいだから……ごめんなさい……」
 自分に非があるのは明らかだったので、梓はうつむいてしまう。やっと謝った。
 しばらくまた沈黙が落ちた。
 その沈黙は梓を不安にさせる。
 嫌われてしまったら、という不安がまた浮かんできてしまったのだ。
 嫌われたくない。心がずきずきと痛む。
「いや、梓は……。ああ、やめよう。お互い様だ。どっちが悪いって話じゃないさ」
 そんな梓にかけられた言葉。それはとても優しくて。
 梓はそろそろと顔をあげた。渉のほうを見る。
 渉はもう、驚いた顔も、気まずそうな顔もしていなかった。梓の顔を見て、にこっと笑ってくれる。
「だからそんな気にしないでくれ。麦茶でも飲もうぜ。気分を変えよう」
 それは渉が心から「気にしないでほしい」と思ってくれているのを表していて。
 梓の緊張が、ふっと溶ける。体から力が抜けた。安心から、情けない顔をしたかもしれない。
 梓がどんなことを考えているのかなんてことは、わかるはずがない。
 けれど、不安になっていたのはわかってしまったのだろう。
 だから安心させるようなことを言ってくれたはずだ。
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