義理のお兄ちゃんの学園プリンスに愛されちゃってます~たくさんの好きをあなたに~
 テスト明けにカラオケに行ったとき。
 渉に紹介されて、挨拶して、少し話した。
 ……バスケ部の、マネージャーだというひとだ。名前はすぐに思い出せなかったけれど。
 でもそれが誰でも変わらない。渉とさっき向き合っていたというだけでなにも変わらない。
 梓にとって、今、衝撃なのは『渉が告白されていたという事実』。そしてもうひとつ、『好きな子がいる』という言葉。
 不意にぶるりと体が震えた。クーラーが効いていても、外から入ってきたばかりでまだ暑いと感じていたのに。
 風邪でも引いたように、はっきり震えと寒さを感じた。
 梓は、そろそろと身を起こして壁から離れた。足が震えるのを感じたけれど、やっと歩いて後ずさる。
 わかっていた。このままでは渉に見つかってしまう。
 渉に見つかるわけにはいかなかった。覗き見、というか、盗み聞きをしてしまったなんて。知られたくない。
 震える足を叱咤して、梓はなんとかその場を離れた。いったん足が動けば拘束がとけたようになって、梓はすぐに走り出していた。
 口元をいつのまにか押さえていた。なにかが出てきてしまいそうで。
 それは心臓からせり上がってきているような気がした。
 泣いてしまいそうになると感じられる、喉の熱さを感じる。
 でもダメ、こんなところで泣いている場合じゃない。
 自分に言い聞かせて梓は廊下を駆けていった。
 足音が出ていることには気付く余裕がなかった。
 そして、その足音が渉に『誰かがいた』と気付かせて、そして。
 駆けていった梓の後ろ姿を見せてしまったということ。
 気付けるはずがなかったのだ。
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