生涯18
「ティッシュ持ってるか」
パンフと公園のグラウンドを交互に見て、82回が過ぎた頃だった。
ふいに届いた声に顔を上げれば長髪の女子高生が立っていた。切り揃えられた前髪に腹部あたりまで伸びた真っ直ぐな黒髪。それはシャンプーのCMにでも出られそうな髪質で、意志の強そうな大きな猫目が私を睨んでいる。親父狩りに遭うのか、と彼女の問いも忘れて怖気たらもう一度聞かれた。
「ティッシュ持ってるか」
「…あ、ティッシュ…いま…持ち合わせがない」
「そう。じゃこれでいい」
「はあ!?」
金融のチラシをぐしゃぐしゃに揉んで女子高生はちーん、と鼻をかんだ。そこに契約書とか入っててあと印鑑押すだけだったんだが!? と大声を張り上げそうになるがしっかり鼻水まみれにされた挙句野球の綺麗なフォームでJKはゴミ箱目指しそれを放り、
スコン、とヒットするとガッツポーズする。
「おっさんいつもここにいるな」
「大事な書類だったんだけど…」
「破綻へのルートだ。回避してやった」
むしろ感謝しろと鼻を鳴らされて少し赤い鼻を啜った彼女の名を、赤羽酉実と言った。ユシルと言うのがあまりに聞き慣れず何度か聞き返したのだが、今この世代の少年少女にはそう少なくない名前なのかもしれない。
この辺りの制服なのだろうか、真冬だと言うのに女子の制服のスカートから出る肌は本当に見ていてこちらが底冷えする。これが若さか、と更にくたびれてしまうのに彼女は私の隣に腰掛け、羽織った黒のブルゾンジャケットを随分後ろにずらしていた。知っている。確か抜き襟とかいうんだ。娘にちゃんと着たらと言ったら以前足を踏まれたことがある。着ろではなく着たらという提案を下からへりくだってしたにも関わらず家でも外でも若者に蔑ろにされる、若者恐怖症になりそうだ。
だが、この彼女にそう言った思いは抱かなかった。
両ポケットに手を入れ、足の片方を膝に置き少し猫背気味にグラウンドを見ている。その荒んだ瞳が10代、思春期特有の悩みの根底のようで私とは別の苦悩を抱えているのか、と尋ねてみたくなる。