生涯18
「きみ、学校は」
「わかるだろサボりだ」
「学校には、行った方がいい」
「月並みだな」
「…ただ、行かなくても死にはしない」
行きたくないなら行かなくても、本当はいいと思っている。
事実、幼少期から無遅刻無欠席無早退で小中高大と潜り抜け大手企業に就職し結婚し子どもを得て念願のマイホームを獲得しても、この有様だ。片やまともに学校に通わず高校中退した金髪で眉毛のない問題児の清原がここ最近、海外で成功し雑誌の表紙を飾っていたのを、ついこの間本屋で見かけた。どう転ぶかわからない、全く月並みで当たり障りのないどこにでもある話だが、人生って本当にそうなのだ。
「正直、まともに勉強しようが通おうが友だちといようが生きようが死のうが社会ってのは全然余裕で回ってくれる」
「ほう」
「憎いくらいに」
せめて動力源になった、エンジンになった、ネジの一部にはなった。
その一つを失って会社が傾いて仕舞えばいいのに、と何度心で願ったことか。それどころか私という邪魔者を排除した会社はなんだか妙に外観に錆びれたくすみみたいなものが消えた気すらして、取り巻く空気が澄んでいるようにすら思えた。私は何か。排気ガスそのものか何かか。そんなに有害な二酸化炭素を生産していたのか、と今ではスマホで会社の公式サイトすら見なくなってしまった。
あの頃。28で同窓会に出た頃、本当にすべてが順風満帆だった。こんなに自分がくたびれてしまうなんて皆目思っていなかったし、掲げた夢が日を増すごとに次第に重圧になっていくのが辛かった。
何も知らない18の頃に戻れたらといつも思う。普通に友だちと何も考えずに遊び、戯れ、恋をし、初体験を経て、何もかもが煌めいてみえた。研ぎ澄まされた感性で音楽に歓喜し、身を奮い立たせ駆け出さないと居ても立っても居られなかった。そんな頃をいつになっても人は心で振り返り握って、二度と戻れない故郷に縋っているのだ。
それが今ではどうだ。あの頃聞いた音楽に何一つ心が踊らない。握った弾けもしないギターは練習しないから上手くもならない。歌は一本調子だ。スーツは加齢に伴って顔とお揃いで皺ばかり増えて行く。唯一あたたかみをくれるマックの珈琲だけが、花火が消えるまでのように時間制で私を証明してくれる。