生涯18
全てのアルバイトが同日に重なったとしても、相変わらず朝、決まった時間に公園に行くことだけは怠らなかった。老人が決まった時間に起きて朝ラジオ体操に行くのと同等で、最早私にとって朝の公園で飲むマックの100円珈琲はその頃、失業してから数ヶ月の時を経てすっかり身に刻まれた日課になるには十分すぎたのだ。
そして、その日課の上に彼女、もとい、サムライJK、もとい、赤羽酉実がいた。
早朝7:00に落ち合う暗黙の了解、何に盛り上がるでもなかったが彼女に近況を話すことも、私の日課の一部になった。日常や、当たり前はこうして形成されていく。失業して、誰にも分かり合えないと思い、若者に怯え、再起することに挫け、陥落に身を委ねていたところを、一掬いされた。
言わば彼女は私の命の恩人に値するのかもしれない。
もっとも君は私の希望だと彼女に伝えたら、彼女は「お前の自走だ」と口遊むだろう。
「えっ」
その日、いつも通り朝の7:00に公園を訪れたら、地べたにあぐらをかいたサムライJK赤羽酉実の後ろ姿があった。猫背で、ジャケットに両手を突っ込んだ彼女が私の喫驚の声を聞いて、首を捻る。
髪が、なくなっていた。
なくなった、というかばっさりいっていた。元々背中まで伸びた真っ直ぐな髪の持ち主だったのが、今は少年のようなショートカットに切り替わっていて、目を見開く。
「1分24秒の遅刻だ、おっさん」
「かみ、髪どうしたの」
「切った」
「なんで!?」
「飛躍のためだな。あと助走」
相変わらず相槌が師匠のようだった。その頃すでに彼女と過ごして一ヶ月が経過していたが、人生8回目、と初日に彼女が告げた信憑性は私の中でむくむくと膨れ上がり、誰にも言い負かせない現実味を帯びていた。それほどまでに彼女の言葉には思わせられるものがたくさんある。失ってしまったものを掻き立てるものを多く携えている。ただ若いからじゃない、眩しさとも違う、現実を見据えて立ち向かう二つの足と、それを切り拓く強い生命力があった。
元々整った顔立ちだから少年ほどのショートカットになろうがやはり凛々しさは健在で、惚けていると「見惚れんなよ」と笑われた。その時の私は完全にイケメンとやらを目の前にした10代20代の女性達と同じ場所にあっただろう。
「どこかに飛ぶのかい、きみは」
「まぁそうだな、いずれ。私は18だ」
「ああ、進路の話? きみは何になるの」
「私の話はいい。今日はおっさんの未来予想図を聞こう」
「私のことはいいよ」
「展望は大事だ。お前、まさかここでずっと止まっている訳じゃないだろうな」