生涯18
 
 
「泣くほどのことか」

「きみにはわかるまい」

「ああ。今の私は大いに頭が軽い。考えも実にクリア、どこにも飛んでいけそうだ」


 あー、とか言いながら立ち上がった彼女が私の隣のベンチから立ち上がり、少し跳ねて首を捻る。そして、俯いて顔に手をやって肩を震わせる私の向かいに立ったのがわかった。

 朝、彼女の影が私の前に伸びてより一層大きな像に見える。


「顔を上げろ、南條公明」


 声に励まされるように顔を上げたら、目の前に赤羽酉実がいた。そして、その軽くなったという頭で、携えた羽で、今にも飛んでいってしまいそうな身軽さで、私が失ったものを掲げて自走しろと唇を震わせている。いつも、いつもだ。


「〝生涯18〟」

「…は?」

「人間がもっとも自分を燻り、挫け、へし折れそうになりながらそれでも立ち上がる時の精神力の俗称。18歳、それは人生の分岐点だろう。お前達は振り返りあの頃は青かったとのたまう。なら当時を道標にすればいい、過去も未来も一緒くたにして」

「…」

「これを私たちの合言葉にしよう。見せてくれ、広原ではない、公明正大の南條公明。私たちの未来が、希望であると」



 まだ終わってないだろお前の青さは。



 そう伝えて、その日を最後に彼女は私の前からいなくなった。

 同じ時間に彼女に逢おうと何度試みても、もう彼女に会うことはなかった。
 頭が軽くなり、翼を拡げた彼女はきっと、助走をつけて大いに飛躍してしまった。それは眩しくて、同じベンチでマックの珈琲を飲みながら見上げた冬の空は相変わらず妬ましいくらいに突き抜けるように青く、それは憎く、今もこうして私の苦手な同級生や、問題児は、雑誌に載り、海外を飛び回っているだろう。

 緩くなった珈琲を口に含んで、それから、それから。





 私は珈琲をグラウンドにぶち撒け、叫んだ。

 誰もいない公園の広場に向かって咆哮をあげ、大手を広げ、思いっきり声を大にしてしまったら、もういてもたってもいられなくなってしまった。本当だ、これだけは嘘じゃない。











 (くずお)れそうな命に必要なのは、言い訳を全部薙ぎ払った、18の精神だ。



 


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