ホオズキの花 〜偽りから始まった恋の行方〜
「すみません。神谷社長とお会いしたいのですが。」
「お約束はございますか?」
「いえ......」
それは、突然のアポなし訪問。
午前10時。受付に座る眼鏡をかけた中年の女性に、不審な目でジロリと見られていた。
私は今日、神谷社長に謝るためにここへ来た。
病院に出資すると言ってくれていた社長と、どうしても話がしたかったから。
何も知らなかったとはいえ、私はその好意を無下に扱ってしまった。そして何より、お見合いから逃げるように家を出てしまった。
その全てを謝りたかった。
「あの。」
しかし、受付の前で何度も交渉を試みたが、その壁は厚かった。漂う空気から、ただ一方的に頼み込むだけでは難しいと察し、慌てて鞄から名刺を取り出す。
財布にまだ数枚入っていた、病院に勤務していた時の名刺。
「私、瀬川 晴日と言います。社長にお伝えいただければ、きっと分かってくださるはずなので。私が会いにきていること、伝えるだけでもいいので、お願いできませんか?」
「そういった申し出は、お断りしております。」
「私、すぐそこで待ってます。何時間でも待てますから、お願いします。」
どんなに嫌な顔をされても、今日は引き下がることができなかった。
半ば強引に名刺を置き、頭を下げた。そして去り際にもう一度頭を下げ、私は背を向ける。
絶対に会わねば帰れないと、心に誓って――。