ホオズキの花 〜偽りから始まった恋の行方〜
「すみません。そうでもしないと、会っていただけないと思いまして。」
今目の前にいるのは、お見合いの時に見た着物姿で上品な奥様だった彼女ではない。漆黒の長いストレートの髪を、後毛一本残さず綺麗に後ろでひとつに束ね、怖い顔をしていた。
「さあ、もう帰りなさい。」
「え?」
私は立ち尽くしたまま、予想外の言葉に固まった。
「私があなたをここへ呼んだのは、別にお話しするためじゃないの。あんなところで一日中待たれても迷惑だから、仕方なく呼んだだけよ。」
しんと静まり返る室内。緊張と恐怖で、心臓の鼓動が大きく張り裂けそうになっていた。
「帰れません......。」
しかし、ぎゅっと堪えた。拳に力を込め、大きく深呼吸をする。必死に平常心を保った。
「父の病院へ出資してくださるとのお申し出。その条件としていた、御子息との結婚。何も知らなかったとはいえ、様々なご無礼を致しました。申し訳ありませんでした。」
部屋一面に敷かれていたクリーム色の絨毯。ベージュのパンプスが同化しそうな画を見つめるように、私は深々と頭を下げた。
でも、言葉は返ってこなかった。
頭上からは、スーッと深く息を吐く音が聞こえる。恐る恐る顔を上げると、神谷さんは遠くを見つめながら煙草を一本口に咥えていた。