ホオズキの花 〜偽りから始まった恋の行方〜
「今、なんて?」
さすがの私も、それには反応せざるを得なかった。ドアノブから手を離し、ゆっくりと振り返る。
すると、彼は罰が悪そうに、目を逸らして言った。
「結婚してない。婚姻届は、出してないんだ。」
力が抜けた。
急にあの日の記憶が蘇り、動揺を隠しきれずにいた。
双葉と零士さんにサインをもらった日。その後、彼は一人で役所へ行った。大事な場面に立ち会うことなく、なぜか車で待たされていたのを覚えている。
今思えば、おかしな状況だったのかもしれない。けれど、会って間も無かったあの頃は、あらゆることに緊張していて、頭が回らなかった。
そんな不審なことさえ、疑いもしなかった。
「だから、晴日ちゃんを縛るものは何もない。」
私たちは、正真正銘.....他人だった。
私は今、出て行こうとしている。もう千秋さんなんて信じられないと、帰らないつもりだった。
それなのに何故だろう。
何のつながりもないと知り、結婚してなかったと知り――
私の胸は、ズキズキと悲鳴をあげていた。