ホオズキの花 〜偽りから始まった恋の行方〜
何も話していないとは、こういうこと。
あの日知った千秋さんの正体はおろか、そもそも結婚すらしていなかった事実も伝えられていなかった。
元々、無職だった私にとって、住民票やパスポートなど、急いで変えなくてはならないものは何もなかった。それに、面倒だからと後回しにして、変えようとすら思わなかった。
結局、戸籍は何も変わっていなかったから、変えたくても変えられなかったのだけれど。
変えようともしなかったことで、結婚していない事実に気づくことはなかった。
双葉との会話の最中、一度だけ零士さんと目があった。
気まずくなりすぐに視線は逸らしたけれど、彼はどこまで知っているのか、顔色ひとつ変えなかった。
「どう?うちのおじさんとは上手くやってる?」
黙り込んでしまった私を察してか、零士さんからの助け舟。話題が変わってホッとすると、少しだけ気持ちが軽くなった。
「もう、オーナーにはよくして頂いて。本当に零士さんのおかげです。ありがとうございました。」
「ううん、それなら良かったよ。」
千秋さんの話題には、当分触れたくはない。
わざとらしく明るく振る舞い、笑顔で取り繕う。
どこまでも惨めな自分の現実を、今は双葉にすら知られたくはない。今は誰にも、話したくはなかった。