ホオズキの花 〜偽りから始まった恋の行方〜

「母さんとの思い出のあの病院は、なくしたくなかった。」


 矢島さんにとって、瀬川総合病院がお母さんとの思い出の場所。

 絵本を読んでもらったり、今日あったことを話したり。どの記憶を思い出しても、全て真っ白いベッドにもたれかかっている、お母さんの姿が思い出されると言っていた。

 それを聞いていた私は、その気持ちが痛いほど分かった。


「本当は、お義父さんに別れろって言われてたんだ。」

 すると、彼は突然そんなことを言い始めた。

「でも、できなかった。3ヶ月もあって、何度も言うタイミングはあったのに。晴日の手を離せなかった。」

 その瞬間、一筋の涙が頬を伝う。


「馬鹿だよな。何も知らない方が傷つく。結婚式当日に知らされた方が、残酷だって分かってたはずなのに。嘘でも、愛してないなんて言えなかった。嘘でも、別れたいなんて言えなかった。言いたくなかったんだ。」

 彼からの言葉を聞けば聞くほど、涙が溢れ出した。


 ずっと、私が聞きたかった言葉たち。彼が桜と結婚し、私の前からいなくなった日から、分からなかった彼の想い。

 あれから何度も考えていた。

 私は、どこで道を踏み外したんだろう。どこで間違えてしまったんだろう。どうして、こんな思いをしなければならないのだろうと。

 1人でいる時は、そんなことばかり考えていた。

< 83 / 264 >

この作品をシェア

pagetop