【電子書籍化】悪役令嬢は破滅回避のため幼女になります!
「大丈夫ですか、お嬢様」

 怪我をせずに済んだことに安堵して顔を上げる。けれどイリーナの身体はそれ以上の衝撃に包まれた。

「誕生日だからとはしゃぎすぎてはいけません。怪我がなくて良かったですね」

 丁寧だがはっきりとした物言い。恐るべき美しさを誇るプラチナブロンド。人外めいた妖しさを放つ赤い瞳。

(ファルマン・ダウト!?)

 『魔女と精霊のライラリテ』に登場する魔法学園の校長だ。彼のルートは他の五人を攻略しなければ開かない隠しルートであり、そこで明かされるのは彼が黒幕であるという事実。

「な、なんで、ここに……」

 ゲーム開始前だというのにファルマンの容姿はそのままで間違えようがない。あのゲームの日々から抜け出してきたように、今にもゲームが始まりそうなほどだった。

「お嬢様は私がここにいる理由が知りたいのでしょうか? 光栄なことにお嬢様のお父上に招待していただいたのですよ」

(父様! 娘の天敵招待しないで!)

 物腰柔らかで教育熱心な校長。ファルマンは生徒やその家族からも信頼の厚い立派な人物として描かれているが、それは演じている姿に過ぎない。信頼を得ることで叶う自由は多いと、彼は人の世での立ち回りとよく理解している。三百年を生きた聖霊は暇を持て余し、人の世界に上手く溶け込んでいた。

(主人公にとっては加護を与えてくれた恩人。でも悪役令嬢(わたし)にとっては破滅の道へエスコートしてくれる迷惑極まりない人!)

 今ここで糾弾してやりたいけれど、残念ながらファルマンに罪はない。黒幕と呼ばれていても、実際彼が犯罪に手を染めたことはない。言葉巧みに相手を誘導し、目の前に解決策をちらつかせる。その結果、哀れな侯爵令嬢は見事に騙されたというわけだ。
 あの学園はファルマンが校長に就任したことで彼の退屈を紛らわせるための箱庭となった。味方のふりをしてイリーナに近づき、自分を楽しませるために身を滅ぼすほどの危険な魔法を与える。

(この家には私を破滅させる人しかいないのー!?)

 貴族の世界というのは広いようで実は狭い。身をもって体験したイリーナは押し寄せる攻略対象の圧に屈した。

(もう、だめ……)

 ファルマンの腕の中で意識を失ったイリーナは思う。これ、つんだかも――と。
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