狼男 無限自殺 編
小さな頃から剣術を学んできた身だから、なんとなく“宮本武蔵”が頭に思い浮かんだ。
最強の剣豪として名を馳せた武蔵だが、晩年は一度も刀を抜かなかったという逸話がある。
対峙した剣士は、武蔵が放つ圧倒的な雰囲気に恐れをなして、
自然と彼の周りでは諍いは起きなかった。
俺達“警察官”は本来・・そういう存在でなければいけないのかもしれない。
「君は凄いな。その若さで晩年の武蔵の境地に通ずる正義を実践してる。」
「・・・・・・・・・・。」
一緒に過ごしてきた期間はまだ短いが、
“不満顔”のその表情はすぐ読み取れる。
無理矢理命じられ、
仕方なくこの場所に居・・
「・・・・。」
と考えてたら・・
綾野がアクセルを捻って発進した。
どうやら“聴覚”で悟ったらしい。
まだ視界には入っていなかったが、
エンジン音や、タイヤと路面の摩擦音ですぐに感じ取れる所にも・・
綾野のプロフェッショナル具合が伝わる。
「・・・・・・・・・・。」
やがて素人の俺でも視認できる位置までやって来たベンツが“ビュン!”と走り去る。
だけどその時点では既に・・
田んぼ道から大通りに合流して、
後ろにピッタリと付いていた。