狼男 無限自殺 編
第5話
腰が真っ二つに折れてしまう感覚に陥りながら、ひたすら中腰の体勢で土と向き合った。
「ガハハ!“収穫”の時期だけが忙しいと舐めてもらっちゃ困るぜ。
今やキャベツは冬の野菜じゃねぇ!
夏秋キャベツ、冬キャベツ、春キャベツ!
先人達の努力の結晶で品種改良と技術改良がなされたってもんよ!」
目が茶色にチカチカする感覚に陥りながら、慎重に種を撒いて一つ一つの苗と向き合った。
「ガハハ!キャベツ農家に休みがあると思うなよ?
夏まき冬どり栽培、秋まき春どり栽培!
夏休みや冬休みが恋しくなったら学校に戻って飛び降りろ!!」
“おにぎり”がこんなにも美味しく感じるなんて、夢にも思わなかった。
“お茶”がこんなにも喉を潤してくれるなんて、想像もしていなかった。
「あらま。2人して駆け落ちかいな?
若いのに根性あるねぇ。」
“オジサン”の周りにいる人達に、
悪人はいなかった。
全員が65歳以上。
オジサンが異色の40代。
そこに・・皆さんにとっては宇宙人と同じ感覚だったかもしれない・・
僕達がやって来た格好となった。
「これが・・キャベツ・・?」
「ガハハ!お前が見た事あるのはどうせスーパーに売られてるまん丸だろ?
こうやって花びらみてぇに何枚もの葉が重なってる。
こうして外の葉が、一番うめぇ中の玉を守ってくれてるんだ。」
生まれて初めて、
“食べる”行為をして僕は涙を流した。
イジメが怖くて、夜眠れなくて、
月曜日が怖くて流したものとは種類が違う。
汗まみれで、土まみれの顔のままかぶりついた・・
マヨネーズも塩も何もつけないでかぶりついた採れたてのそれに・・
心が震える“感動”という気持ちを知った。
「アアアア・・アアアアッ・・
・・・・・アアア・・!!!!」
「ガハハ・・何が勉強だよしゃらくせぇ。
何が教育だアホくせぇ。
いいか五味。アオイ。
イジメる奴が強ぇんじゃねぇ。
テストの点が良い奴が絶対じゃねぇ。」
「・・ウゥゥ・・アアア・・!!」
「一生懸命生きてる奴が一番すげぇんだ。」
あれほど辛かった“毎日”が、
あっという間に過ぎ去っていく。
あれほど縛られた“時間”が、
儚く尊いものに感じていく。
あれほどどうでも良かった“天気”が、今では何よりも気になる情報になっていく。
出ると喜んでいた暴風警報が、
今では最も悔しくて憎くなっていく。
ここにはゲームセンターもカラオケもファミレスも無い。
買い出しはオジサンの軽トラックに乗って片道1時間の道を走らなければいけない。
いつも明らかに重量オーバーになりながら、大量の物資を買って帰ってきていた。
平均年齢70歳の仲間達1軒1軒を回って、
ガハハ!と笑いながら玄関先まで運ぶオジサンの後ろ姿を見て、
“助け合い”という言葉の本当の意味を理解した。
頼んだわけでもないのに、おにぎりやお漬け物を持ってきてくれて、
呼びかけたわけでもないのに、
一緒に食卓を囲んで、
満月の夜になると、
“ウサギ追いしか野山”を唄った。
星が綺麗な夜になると、
“見上げてごらん夜の星を”と唄った。
オジサンがいて、
仲間のお爺ちゃんお婆ちゃんがいて、
キャベツに囲まれて、
たくさんの野菜達に囲まれて・・
・・・過ぎ去っていく日々の中・・・
・・いつも・・僕の隣にはアオイが居た。
名前も知らなかったあの屋上の出会いから、
佐々木さんと呼んでいたあの電車逃避行から、
死んだ心同士を繋いだあの神社の夜から、
隣にいるアオイと視線が合った時、
お互いが合うのはもう“涙”じゃなかった。
中卒だけど、
2人とも学力は無いけど、
自殺するはずだった僕達が今目が合う時、
そこには“笑顔”しかなくなった。
笑顔と笑顔が合ったと同時に、
心と心が結ばれていった・・・。