年の差政略結婚~お見合い夫婦は滾る愛を感じ合いたい~
プロローグ
【プロローグ】
――幸景さんは、私をたくさん甘やかしてくれる。いつも。
「お風呂、出ました……」
まだ火照りの収まらない体に下着とバスローブだけを纏い、そっと寝室のドアを開ける。
港区の夜景が一望できる壁一面の窓ガラス。その手前にあるキングサイズのベッドに腰掛け本を読んでいた幸景さんは、私が声をかけると同時にパッと顔を上げた。
「ちゃんと温まった?」
切れ長の目を柔らかに細めて、幸景さんは本に栞を挟んでサイドテーブルに置くと、ベッドから立ち上がってこちらに歩いてくる。そして乾かしたばかりの私の髪をひと房掬うとそこに顔をうずめて、「髪、ちゃんと乾かした?」と尋ねた。
「大丈夫です、ちゃんと温まったしちゃんと乾かしました」
これはほぼ毎晩繰り返されるやりとり。過保護な幸景さんはいつもこんなふうに私がお風呂上りに体を冷やしていないか気にする。
そして私の答えに満足した彼はニコニコとしながら髪に触れていた手で頬を撫でると、「何か飲もうか」と寝室に備えてあるドリンク用の冷蔵庫に向かった。
ベッドに腰掛けた私のもとに彼が持ってきてくれたのは、苺のスパークリングワイン。甘く優しい口当たりで、アルコールの味が苦手な私でも好んで飲める数少ないお酒だ。
シャンパングラスに注がれた薄赤い液体の中を、小さな泡がキラキラと弾ける。グラスを受けとってひと口飲むと、乾いていた喉に微炭酸の刺激が心地よく通り過ぎていった。
苺の甘い香りとスパークリングの爽やかさに頬が緩み、ほっと息をついたとき。隣に座った幸景さんが、苺の香りの吐息ごと私の唇を奪った。
幸景さんのキスは、彼の性格とよく似ていると思う。
強引なことをしたり、無理を強いたりはしない。けれど、じっくりと甘く開いていく。私の唇も心も。
「ん……、ふ、ぅ……っ」
薄く開いた唇の隙間を、幸景さんの舌がゆっくりとなぞる。なまめかしい刺激に思わず吐息が漏れれば、その隙を縫うように舌が深く差し込まれた。
「……んっ、……んん……」
口の中に広がっていた苺の香りが奪われていく。
柔らかく押しつけられた舌に自分の舌を絡ませれば、苺味の唾液はふたりのものになった。
お風呂あがりの体が、再び熱を帯びていくのを感じる。まるでそれを敏感に察知したように、幸景さんの手が私のバスローブを剥いでいって、火照って桜色になった私の肌があらわにされた。
「今夜も綺麗だよ、璃音」
顔を離した幸景さんが、熱い眼差しで見つめてくる。
いつも穏やかな彼が夜にだけ見せる、飢えて求めるような貪欲な眼差し。その視線にさらされるだけで、私の鼓動は早鐘を打ち体がとろけそうに熱くなる。
「幸景、さん……」
赤く染まった私の頬を大きな手で包みながら、彼の親指がキスで濡れた唇を撫でた。ほんの悪戯心でその指を甘噛みすれば、私を見つめていた彼の瞳に情欲の色が濃く浮かんだ。
「可愛いことをするね、きみは」
そう言って微笑んだ幸景さんに倒された体が、シーツの海に沈んでいく。
大きな背にしがみつくように腕を回せば、バスローブ越しに彼の熱が伝わった気がした。
重なり合った体からはお互いの鼓動が響き合って、やがて体温が溶け合う。
今夜も彼に抱かれながら、私は愛される悦びに溺れる。
――幸景さんの妻になって、よかった。
もう何回思ったかわからない幸福を噛みしめながら、私は悦楽に酔う頭で思い出していた。
初めて彼と出会ったあの秋の日――金色に輝く世界で、恋に落ちたことを。
――幸景さんは、私をたくさん甘やかしてくれる。いつも。
「お風呂、出ました……」
まだ火照りの収まらない体に下着とバスローブだけを纏い、そっと寝室のドアを開ける。
港区の夜景が一望できる壁一面の窓ガラス。その手前にあるキングサイズのベッドに腰掛け本を読んでいた幸景さんは、私が声をかけると同時にパッと顔を上げた。
「ちゃんと温まった?」
切れ長の目を柔らかに細めて、幸景さんは本に栞を挟んでサイドテーブルに置くと、ベッドから立ち上がってこちらに歩いてくる。そして乾かしたばかりの私の髪をひと房掬うとそこに顔をうずめて、「髪、ちゃんと乾かした?」と尋ねた。
「大丈夫です、ちゃんと温まったしちゃんと乾かしました」
これはほぼ毎晩繰り返されるやりとり。過保護な幸景さんはいつもこんなふうに私がお風呂上りに体を冷やしていないか気にする。
そして私の答えに満足した彼はニコニコとしながら髪に触れていた手で頬を撫でると、「何か飲もうか」と寝室に備えてあるドリンク用の冷蔵庫に向かった。
ベッドに腰掛けた私のもとに彼が持ってきてくれたのは、苺のスパークリングワイン。甘く優しい口当たりで、アルコールの味が苦手な私でも好んで飲める数少ないお酒だ。
シャンパングラスに注がれた薄赤い液体の中を、小さな泡がキラキラと弾ける。グラスを受けとってひと口飲むと、乾いていた喉に微炭酸の刺激が心地よく通り過ぎていった。
苺の甘い香りとスパークリングの爽やかさに頬が緩み、ほっと息をついたとき。隣に座った幸景さんが、苺の香りの吐息ごと私の唇を奪った。
幸景さんのキスは、彼の性格とよく似ていると思う。
強引なことをしたり、無理を強いたりはしない。けれど、じっくりと甘く開いていく。私の唇も心も。
「ん……、ふ、ぅ……っ」
薄く開いた唇の隙間を、幸景さんの舌がゆっくりとなぞる。なまめかしい刺激に思わず吐息が漏れれば、その隙を縫うように舌が深く差し込まれた。
「……んっ、……んん……」
口の中に広がっていた苺の香りが奪われていく。
柔らかく押しつけられた舌に自分の舌を絡ませれば、苺味の唾液はふたりのものになった。
お風呂あがりの体が、再び熱を帯びていくのを感じる。まるでそれを敏感に察知したように、幸景さんの手が私のバスローブを剥いでいって、火照って桜色になった私の肌があらわにされた。
「今夜も綺麗だよ、璃音」
顔を離した幸景さんが、熱い眼差しで見つめてくる。
いつも穏やかな彼が夜にだけ見せる、飢えて求めるような貪欲な眼差し。その視線にさらされるだけで、私の鼓動は早鐘を打ち体がとろけそうに熱くなる。
「幸景、さん……」
赤く染まった私の頬を大きな手で包みながら、彼の親指がキスで濡れた唇を撫でた。ほんの悪戯心でその指を甘噛みすれば、私を見つめていた彼の瞳に情欲の色が濃く浮かんだ。
「可愛いことをするね、きみは」
そう言って微笑んだ幸景さんに倒された体が、シーツの海に沈んでいく。
大きな背にしがみつくように腕を回せば、バスローブ越しに彼の熱が伝わった気がした。
重なり合った体からはお互いの鼓動が響き合って、やがて体温が溶け合う。
今夜も彼に抱かれながら、私は愛される悦びに溺れる。
――幸景さんの妻になって、よかった。
もう何回思ったかわからない幸福を噛みしめながら、私は悦楽に酔う頭で思い出していた。
初めて彼と出会ったあの秋の日――金色に輝く世界で、恋に落ちたことを。
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