年の差政略結婚~お見合い夫婦は滾る愛を感じ合いたい~
翌日。
私は出勤する幸景さんを見送ってから、昨日予約したセミナーに向かうことにした。
彼の言いつけ通りハイヤーを使って行くけれど、最寄り駅のロータリーで下ろしてもらうことにする。ハイヤー会社が行先の履歴を幸景さんに報告したら、セミナーに行ったことがバレてしまうからだ。もちろんボディーガードも今日はつけない。
今日参加するのは『女性のための社交術』。
幸景さんの妻になった以上、社交界への参加は必須だ。今までも自分の結婚披露宴やこの間のお義父様の誕生パーティーなど人前に出たことは何回かあるけど、これからそういう機会はもっと増えるだろう。
社交術は学んでおいて損はないはず。
そう考えた申し込んだ今日のセミナーは、駅から十分ほど歩いたところにあるビルの一室で開かれる。
参加者が定員に達してなかったおかげで前日でも滑り込みで申し込めたのはラッキーだったけれど……参加してみて私は、どうしてこのセミナーが定員に達さなかったのか理解した気がした。
「……なんか、フワッとしてたなあ」
二時間ほどの講習を聞いた感想がそれだった。
講師の話は具体的にどうすればいいというものではなく、心構え的な話に終始した。自分が今までいかに成功体験を積んできたかという自慢を挟みながら。
これは満員にならないわけだと納得しながら、私は二時間を無駄にした気分で帰ることになった。
翌日。
昨日は選択を失敗したけれど、次回こそはと意気込んで新たな講座に申し込む。
今度はネットなどで講師の評判などを下調べし、人気が高そうな講座を選んだ。
女性のための自立セミナー、自分を変える会話と姿勢、簡単食育講座、片付けと収納術、等々……。
そんなこんなを繰り返し、数々の講座に参加すること一ヶ月。
どれもこれも今の私の役に立つものではなく、残ったのは無駄な徒労感だけだった。
「……お母さんとお祖母ちゃんってすごかったんだな」
それが、数々の講座を渡り歩いた私の感想だ。
家事系もマナー系も、どれも実家で母と祖母に教えられたことばかりだった。
料理の基礎から食物に対する知識も、お掃除や片付けの基本とコツも、綺麗な姿勢や歩き方や喋り方も。どの講座の内容も子供の頃から教えられていたことばかりで、今さら学ぶことなどないように感じた。
本当に無駄な時間を過ごしてしまったものだと後悔すると共に、知識と教養を叩きこんでくれていた母と祖母に感謝する。
……けれど。
ならばこれ以上、私は何を身につければいいのだろうか。
学ぶことがないということは、これ以上成長出来ないということだ。手詰まり感を覚え、泣きたくなってくる。
「私って一生未熟なままなのかな」
そんなふうに考えソファーで膝を抱え落ち込んでいると、幸景さんが仕事から帰ってきた。
落ち込んでいる間にいつの間にかずいぶん時間が経っていたみたいだ。慌ててソファーから立ち上がり、廊下へ幸景さんをお出迎えに行く。
「おかえりなさい」
「ただいま。……おや?」
「え?」
私の顔を見た幸景さんが小さく噴き出し、クスクスと肩を揺らしながら手を伸ばす。
「いい夢は見れた? お寝坊さん」
そう言って頬を撫でられた私はキョトンとして小首を傾げた。お寝坊? どういうこと?
不思議そうにしている私に、幸景さんは廊下に掛けてある鏡を指さした。覗き込んでみた私は、自分の頬にクッキリと服の皴とボタンの痕がついているのを見て顔を真っ赤にさせた。
「ち、違います! 居眠りしてたんじゃありません! これは違うの!」
膝を抱えて座っていたとき腕に顔を突っ伏していたので、頬に痕がついてしまっていたみたいだ。
真剣に悩んでいたのに、呑気にうたた寝をしていたと誤解されて恥ずかしい。
けれど必死に弁解する私に、幸景さんは「うん、うん。わかったよ。蒸したタオルで温めておきなさい、痕がすぐとれるから」と楽しそうな笑顔で頭を撫でて、歩いていってしまった。
どうにも誤解が解けていない様子に、私は恥ずかしさともどかしさで「もー!」とひとりジタバタする。
やっぱり彼にとって私は、呑気で間の抜けた新入社員のようなイメージなんだ。
講座通いにすっかり疲れてしまっていた私だったけれど、そのことが悔しくて、絶対に頼れる大人の女に成長してやると改めて心に誓ったのだった。