年の差政略結婚~お見合い夫婦は滾る愛を感じ合いたい~
池戸さんの説明を聞いて、フライヤーの最終ページをめくって見た。なるほど、参加費が普通の講座より桁がひとつ違う。
幸景さんに内緒であまりお金を使うのは気が引けるけれど、自分のお小遣いから出せない額ではないし、せっかくの機会を逃したくない。

「大丈夫です、申し込ませてください!」

強い意志を籠めて頷いた私を見て池戸さんは「そうですか。わかりました」と言うと、鞄を漁ってさらに一枚の紙を取り出した。

「これが申込用紙です。ネットからも申し込めますけど、一応お渡ししておきますね。先ほどお伝えした通り、プロフィールからの審査があります。書き難い項目もあるかもしれませんが、ご了承ください」

なるほど、申込用紙には夫の職業や年収、自宅の坪数まで書くような項目がある。
……幸景さんの年収っていくらなんだろう?そういえば気にしたことなかったな。

確認してから送ろうと考えて、用紙をしまい池戸さんにお礼を言った。

「どうもありがとうございました。家に帰ってから申し込ませてもらいますね」

なんだか、目の前が明るくなった気がする。ずっと彷徨っていた道で、道しるべを見つけたような気分だ。

私がニコニコとしていると、池戸さんも向かいの席でつられるようにニコニコと微笑んだ。

「喜んでいただけてよかったです。そちらの座談会が紫野さんのお役に立てることを願っております」

彼にとっては営業の一環でしかないのだろうけど、親身になって話を聞いてくれて力になってもらえたのは嬉しい。
いい人に出会えてよかったなとしみじみ思いながら注文したミルクティーを飲んでいると、「それにしても、紫野さんは旦那様想いですね。旦那様のために淑女になるべく努力されているなんて、本当に素晴らしい」と池戸さんに急に褒められて、私は顔を赤くして俯いた。

「そ、そんなことないです。私、本当にもの知らずだし、未熟で何もできなくて頼りないから。……このままじゃきっといい母親にもなれないし、十年後二十年後にもっと大人になったとき中身空っぽの妻じゃ夫に申し訳なくて……」

言っていて自分でも情けなくなってくるけど、本当のことだ。
今でも家事すら任せてもらえないほど頼りないのだから、ぼーっとしているわけにはいかない。幸景さんのために、ふたりの将来のためにも、もっと頑張らなくっちゃ。

みっともない本音を吐露してしまい引かれたかなと思ったけれど、顔を上げてみると池戸さんは今までで一番優しそうに微笑んでいた。

「そこまで紫野さんに想われる旦那様が、本当に羨ましいです」

「お、恐れ入ります……」

交流関係が狭いこともあって、私は幸景さん以外の男性に褒められ慣れていない。お父さんは褒めるより叱るタイプだったし。
こういうときどうしたらいいかわからず恐縮してしまっていると、池戸さんは「さて」と腕時計を見てから立ち上がった。

「本日は貴重なお時間いただき、ありがとうございました。遅くまで引き留めてしまい申し訳ありません」

気がつけば時計は十七時を過ぎていた。幸景さんの帰宅まではまだまだ時間があるけれど、暗くなる前に帰った方がいいだろう。

「こちらこそ、今日はご丁寧にありがとうございました。教えていただいた茶話会、必ず行きますので。……あ、審査に受かればですけど」

私も席を立ちお礼を告げて深々と頭を下げると、池戸さんは「紫野さんならきっと大丈夫ですよ。またお会いできるのを楽しみにしています」と言って、一礼して去っていった。

カフェを出ると街は橙色の風景に変わっていた。十七時を過ぎても暮れなずむ景色は、夏がすぐそこまで来ていることを感じさせる。

今日はいいことがふたつもあった。役に立ちそうな茶話会を紹介してもらえたことと、いい人に親切にしてもらえたことだ。

そんなささやかな喜びを胸に、私は軽い足取りで帰路についた。
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