年の差政略結婚~お見合い夫婦は滾る愛を感じ合いたい~
急に肩を抱かれ、強い力で引き寄せられた。
「ごめん、待たせたね」
「幸景さん……」
肩を抱いてきたのは幸景さんだった。
彼は私に向かって笑みを向けると、すぐに顔を前へ向けた。視線の先にいるのは、池戸さんだ。池戸さんを見つめる幸景さんの表情には、なんの感情も浮かんでいない。
「知り合いかい、璃音? 僕に紹介してもらえるかな」
すべての感情を押し殺したような、なんの抑揚もない声。
幸景さんと出会って一年半以上が経つけれど、初めて聞く声だった。
「あの、えぇと……」
セミナーに通っていることを隠したい私は、彼の質問の答えに窮してしまう。
池戸さんを紹介すれば、おのずとセミナー通いがバレてしまうのだから。
戸惑っていると、状況を察してくれたのか池戸さんがハッとした表情で口を開いた。
「お連れ様でいらっしゃいますか? すみません、私、道に迷ってしまいまして……こちらの方に道を聞いていたところなんです」
池戸さんには私が夫に内緒でセミナーに通っていることは伝えてある。瞬時に気を回して誤魔化してくれた彼に、心の中で深く感謝した。
「博物館は線路沿いに歩いて左ですね、丁寧に教えてくださってありがとうございました!」
そう言って池戸さんはペコペコと頭を下げて去っていった。私も話しを合わせて「お気をつけて」と後ろ姿に声をかける。
遠ざかっていく池戸さんの背を、幸景さんはただ黙って見ていた。その目は冷たくて、何を考えているのかさっぱり読めない。
「幸景さん……。帰りましょう?」
おそるおそる腕を引くと、ようやく彼の表情が和らいだ。けれど。
「璃音。いけないよ、知らない人に声を掛けられたら喋っては。そんなことは小さな子供でもわかることだろう?」
私を嗜める声には、相変わらず抑揚がなかった。
「……ごめんなさい……」
怒っている。冷静に振舞っているけれど、幸景さんはとても怒っている。
鈍い私にもようやくそれが伝わって、背筋が冷たくなった。
「道を案内していたわりにはずいぶん親し気に喋ってるように見えたけれど、璃音はもしかして話し相手に飢えているのかい?」
「そ、そういうわけじゃ……!」
「ならば、見知らぬ男にああいう態度はよしなさい。きみの身に危険が及ぶことだってある。そして何より、きみは僕の妻だ。そのことを自覚して欲しい」
「……はい。ごめんなさい……」
彼にきつく叱られたのは初めてだ。ショックと自分の情けなさで落ち込んでしまう。
幸景さんは私が池戸さんにナンパされていたと勘違いしたのかもしれない。そして私がナンパに喜んで受け答えするような警戒心のない女だと軽蔑したのだろう。
こんなことになるのなら正直に話せばよかったのかもと思うけれど、後の祭りだ。
「ごめん、待たせたね」
「幸景さん……」
肩を抱いてきたのは幸景さんだった。
彼は私に向かって笑みを向けると、すぐに顔を前へ向けた。視線の先にいるのは、池戸さんだ。池戸さんを見つめる幸景さんの表情には、なんの感情も浮かんでいない。
「知り合いかい、璃音? 僕に紹介してもらえるかな」
すべての感情を押し殺したような、なんの抑揚もない声。
幸景さんと出会って一年半以上が経つけれど、初めて聞く声だった。
「あの、えぇと……」
セミナーに通っていることを隠したい私は、彼の質問の答えに窮してしまう。
池戸さんを紹介すれば、おのずとセミナー通いがバレてしまうのだから。
戸惑っていると、状況を察してくれたのか池戸さんがハッとした表情で口を開いた。
「お連れ様でいらっしゃいますか? すみません、私、道に迷ってしまいまして……こちらの方に道を聞いていたところなんです」
池戸さんには私が夫に内緒でセミナーに通っていることは伝えてある。瞬時に気を回して誤魔化してくれた彼に、心の中で深く感謝した。
「博物館は線路沿いに歩いて左ですね、丁寧に教えてくださってありがとうございました!」
そう言って池戸さんはペコペコと頭を下げて去っていった。私も話しを合わせて「お気をつけて」と後ろ姿に声をかける。
遠ざかっていく池戸さんの背を、幸景さんはただ黙って見ていた。その目は冷たくて、何を考えているのかさっぱり読めない。
「幸景さん……。帰りましょう?」
おそるおそる腕を引くと、ようやく彼の表情が和らいだ。けれど。
「璃音。いけないよ、知らない人に声を掛けられたら喋っては。そんなことは小さな子供でもわかることだろう?」
私を嗜める声には、相変わらず抑揚がなかった。
「……ごめんなさい……」
怒っている。冷静に振舞っているけれど、幸景さんはとても怒っている。
鈍い私にもようやくそれが伝わって、背筋が冷たくなった。
「道を案内していたわりにはずいぶん親し気に喋ってるように見えたけれど、璃音はもしかして話し相手に飢えているのかい?」
「そ、そういうわけじゃ……!」
「ならば、見知らぬ男にああいう態度はよしなさい。きみの身に危険が及ぶことだってある。そして何より、きみは僕の妻だ。そのことを自覚して欲しい」
「……はい。ごめんなさい……」
彼にきつく叱られたのは初めてだ。ショックと自分の情けなさで落ち込んでしまう。
幸景さんは私が池戸さんにナンパされていたと勘違いしたのかもしれない。そして私がナンパに喜んで受け答えするような警戒心のない女だと軽蔑したのだろう。
こんなことになるのなら正直に話せばよかったのかもと思うけれど、後の祭りだ。