年の差政略結婚~お見合い夫婦は滾る愛を感じ合いたい~
廊下に出ると、リビングから明かりが漏れているのが見えた。幸景さんはそこにいるのだろうか。

声をかけようと思いリビングに足を向けた私は、ドアのガラス部分から見えた光景に驚いてノブを握る手を止めた。

ナイトガウン姿の幸景さんはソファーに座っていた。俯き、片手で額を覆っている。
腕に隠れて顔はよく見えなかったけれど、なんだか悩んでいる……ううん、落ち込んでいるように見えた。

そんな彼の姿を見るのは初めてだった。胸が詰まったみたいに苦しくなる。
彼が何か落ち込んでいるのなら、励ましてあげたい。声をかけるべきだろうかと思ったけれど……私は躊躇した。

今夜の幸景さんは、いつもと違った。
私を抱くときはいつだって情熱を秘めた眼差しで愛おしそうに見つめてくるのに、今日はなんだか……ずっと苦しそうだった。まるで自分でも気持ちをうまく制御できないみたいに。

コンサートの後で池戸さんの件があってから、幸景さんは変だ。
私の軽率な行動に呆れ怒ってるのかと思ったけれど、私が考えている以上に彼は心乱しているのかもしれない。

……もしかしたら、私を妻にしたことを悔やんでいるんじゃないだろうか。

幸景さんは今まで私の未熟なところを可愛いと思ってくれていた。けれど今日、未熟ゆえの浅慮さを目の当たりにして一気に嫌気が差したとしてもおかしくない。
そんな自分の感情を整理することが出来ず、やたらとキスをしたり、理性をかなぐり捨てたように私を抱いたりしたのではないかと思った。

もしそうならば、とても声をかける勇気はない。

「どうしよう……このままじゃ、どんどん幸景さんに嫌われちゃう」

零した独り言に、背が冷たくなった。
幸景さんに嫌われることが、私は世界で一番怖い。
大学卒業後に社会にも出ず結婚したのは、私なりに生半可な覚悟じゃなかった。社会人になってこれからあるであろう様々な出会いより、幸景さんの妻として生きていくと決めたのは、彼との愛が一生続くと信じられたからだ。
それなのに一生どころか一年も経たずに彼に愛想を尽かされるなんて、悲しすぎる。

私は踵を返すと、幸景さんに気づかれないよう足音を忍ばせてリビングの前から立ち去った。そしてパジャマに着替えて水を飲んでから寝室に戻り、ひとりでベッドに潜る。

「挽回しなくちゃ……! もっと頑張って、一日でも早くちゃんとした大人になって、幸景さんに見直してもらわなくちゃ」

頭から布団をかぶり、そう強く心に決めて目を閉じた。
私の中にあった『彼に頼りに思ってもらえるようなしっかりした妻になりたい』という願望は、この日を境に『しっかりして一日でも早く見直してもらわなくちゃ』という焦燥へと変わっていった。
< 26 / 44 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop