年の差政略結婚~お見合い夫婦は滾る愛を感じ合いたい~
けど、だからといって白百合さんに仕返しをしようとも思わない。
そんなことをすれば関係が泥沼化するだけだし、いつかはお互いの夫を巻き込む事態にだってなりかねないのだから。そんなくだらないことで幸景さんの手を煩わせることは嫌だ。

「もう謝らなくて結構ですよ。池戸さんのこともサーチアビリティさんのことも怒っていませんから。今回のことは、高い授業料だったと思うことにします。同じ百貨店業界に白百合さんのような方がいることも、社交界では時には子供じみた嫌がらせがあることも、学ぶことが出来ましたから」

最低最悪な茶話会だったけれど、平和ボケしていた私の気を引きしめてくれたことだけはよかったと思う。
私がどんなに未熟であったって、しのやの社長夫人であることに変わりはないのだ。良くも悪くも人の関心を集めている立場だということを気づかせてくれたことだけは、感謝したい。
ある意味、社交界を学べたという点では今までのセミナーの中でもダントツだろう。

もう謝らなくていいとは言ったものの池戸さんとしてはそうもいかないみたいで、彼はお詫びにと持参してきた菓子折りを差し出してきた。
申し訳ないけれど、私はそれを丁重にお断りする。だって、持ち帰ったところで幸景さんになんて説明したらいいのかわからないし。

すると池戸さんは「ではせめてこちらを」と鞄から幾つかの封筒を出した。
まさかお金だろうかとビックリしたけれど、中は展示会や美術館の無料招待券だった。
それもお断りしようと思ったけれど、池戸さんの眉はすっかり八の字に下がってしまっている。私が受け取らないと事態の収まりがつかないのだろう。

チケットならばバッグに入れておけば幸景さんに見つからないし、それにしばらくセミナー通いは辞めるつもりなのでいい時間つぶしになるかもと考え、私は封筒をひとつだけ受け取ることにした。池戸さんはホッとした顔をしていた。

今回の件で少し疲れてしまったので、セミナー通いはしばらく休むことにすると池戸さんに伝えると、彼はとても残念がっていた。
そして別れ際に「もしまたセミナーにご興味が湧きましたら、是非ご連絡ください。今度こそ紫野さんに適したものをお勧めしますから」と言って名刺を渡してきた。

以前もらったのになと思いながら何気なく裏返すと、そこに前回はなかったメッセージアプリのIDが手書きで書かれていることに気づいた。
どういうことだろうと瞬きをした私に、池戸さんは少し照れたようにぎこちなく笑う。

「おこがましいですけど……、もし悩みとかあったら俺でよければいつでも聞きますから。セミナーとかそういうの抜きで、個人的に。気軽に友達のつもりで連絡してください」

……これって、どう捉えればいいのだろう。ナンパかと疑うのは、自意識過剰だろうか。
池戸さんは本当に親身になって相談にのってくれたいい人だし、純粋な親切心からなのかもしれないし。そもそも夫の存在を明らかにしている私に対してナンパだなんて、おかしいし。

「……ありがとうございます」

困惑しつつもお礼を言うと、池戸さんは嬉しそうに頬を染めて去っていった。何度も振り返ってはお辞儀をしたり、手を振ったりしながら。

私は手の中の名刺を見て「うーん」と少し悩むと、とりあえずそれをバッグの中にしまっておいた。
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