年の差政略結婚~お見合い夫婦は滾る愛を感じ合いたい~
 
すっかり穏やかな気持ちを取り戻した私は植物園を堪能し、最後に出口付近にある園芸店で足を止めた。
ここには様々な花の種や苗木を売っている。

「これいいなあ……」

イロハモミジの株立ちの苗を見て呟いた。
幸景さんとの出会いを思い出したせいか、どうしてもモミジの苗木が欲しい。
マンションには庭のように広いベランダもある。そこで育てて、秋になったら部屋から紅葉が見られたら最高だなと思った。

「よし、買っちゃお!」

自分で手入れが出来そうか店員さんに聞き、お財布と相談をして買うことを決めた。
けれど、レジで「お持ちになれます?」と尋ねられて私はハッとした。株立ちの苗木は結構大きい。ひとりでハイヤーまで運べるだろうか。

郵送しようかと悩んだけれど、いいことを思いついた私は「すみません、ちょっと待っててください」と店員さんに告げていったんお店を出た。

辺りを見回し、お店の脇で黒いスーツの背中が隠れるように立っているのを見つけて駆け寄った。
彼は私のボディーガードだ。出かけるときはなるべくつけるように幸景さんに言われている。
ボディーガードは大体いつもひとりかふたりで、私の行動の邪魔にならないよう少し離れてついてくる。あまり懇意に喋ったことはないけれど、用事があれば普通に会話することも可能だ。

私は彼に苗木を運ぶのを手伝ってもらおうと思った。
でも、手が塞がってしまうともしものときに動けなくなるから駄目かな?とも考え、一応尋ねることにする。

「あの、すいません――」

背を向けて立っているボディーガードに声をかけようとして、聞こえてきた会話に思わず口を噤んだ。
彼は電話中だったようだ。漏れ聞こえてきた会話の端々に、私は耳を疑う。

「はい、池戸氏との接触はありません。周囲も我が社の者がふたり体勢で警戒にあたっていますが異常ありません。……はい、奥様はずっとおひとりでいらっしゃいます。園のスタッフと必要会話以外、どなたとも接触されていません」

――何? 池戸さん……との接触? どういうこと? 接触って……私、見張られてる……?

頭が混乱した。彼はいったい誰に私の動向を報告しているのだろうか。
……考えて、考えるまでもなくてゾッとした。雇用主に決まっている。
彼の雇用主は――幸景さんだ。

私は彼に気づかれないように、足音を忍ばせそっとその場を離れた。
隠れるように園芸店へ飛び込み、激しく脈打つ胸を両手で押さえる。

何がなんだかわからない。ボディーガードって私を監視するつもりでつけてくれていたの? どうして池戸さんの名前を知っていたの? 池戸さんとの接触って何? 私が池戸さんと会うと思われてた?

まとまらなかった考えが、店内の冷房に頭を冷やされたせいか少しずつ理解できていく。

私、いつからか……幸景さんに疑われていたんだ。調べられていたんだ。
幸景さんが留守の間に男の人と会っていないかって。池戸さんのことも突き止めて、彼と浮気をしているんじゃないかって……疑いの目で見られていたんだ。

呆然としながらバッグの中に手を入れた。以前もらったまま忘れていた池戸さんの名刺、バッグの内ポケットの右側に入れたと思っていたそれが左側のポケットから出てきた。

確信めいたものを感じて、私はがっくりと項垂れる。
頼りない妻どころじゃない。私はそもそも妻として――信頼すらされていなかったんだ。
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