年の差政略結婚~お見合い夫婦は滾る愛を感じ合いたい~
「僕はずっと怖かった。きみが世間や社会を知っていくうちに、十二歳も年上の男と結婚したことを後悔する日がくることを。愛があったって、十二歳の差は大きい。分かり合えない感性の部分もある。それに三十四歳ともなれば、一般的に言う中年の年齢だ。正直、それが若い女性にとって魅力的でない響きだということも理解している。僕はそのことにきみがいつしか嫌気が差すことが怖い。だから必死だったんだよ。きみを一ミリもよそ見させないように、僕は僕の持てるすべてを使った。知識も時間も権力も財力も」
そう話した幸景さんは、悲しそうに微笑んだ。
いつの間にか私の手を握っていた両手が、微かに震えている。……ううん、震えているのは私の方かもしれない。
今日このときほど、自分を馬鹿だと思ったことはなかった。
私はこの十ヶ月、彼の何を見てきたのだろう。大人で、余裕があって、穏やかで、ちょっとやそっとのことじゃ動じなくて……完璧で。
それも彼の一面であることに間違いはないけれど、全てではない。悩まない人間なんてない。どんなに強い人でも少しの不安も抱かず生きていくなんて不可能だ。ましてや絶対に失いたくない愛する人がいるのなら。
幸景さんだって普通の人間だ。平凡な家柄の、ひと回りも年下の私と結婚することになんの不安も抱かなかったはずがない。
けれど、彼は私を不安にさせないためにいつだって凛然としていた。
結婚を反対する声も、私の耳にはひとつも入ってこなかった。きっと私の知らないところで、大変なこともあったに違いないのに。
私はそんな彼の苦悩を知ろうともせず、愛されていることに慢心していたんだ。
「……ただ、誤解しないで欲しい。ボディーガードに監視まがいの報告をさせたのも、きみの対人関係を勝手に調べたのも、今回が初めてだ」
さらに言葉を続けた幸景さんは、申し訳なさそうに言った。
「きみが髪型を変えた頃から、ハイヤーやボディーガードを途中から使わず外出していることは知っていた。利用履歴は必ず報告されるからね。けど、きみが僕に内緒でよくないことをしていると考えたことはないよ。璃音が誠実なことはわかっているから。ただ……心配だったことは否めない。純真なきみを騙したり、間違ったことを吹き込むような人間と会っていたら、と。そんなときに――」
言い難そうに一瞬言葉を切った幸景さんに、「……池戸さんに会ったんですね?」と尋ねると、彼はわずかに眉尻を吊り上げて頷いた。
「きみたちが初対面じゃないことはすぐに勘付いたよ。それを僕に隠そうとしていたことも。どんな関係かは知らないが、ふたりが僕の知らない秘密を共有しているというだけで……不安と嫉妬で頭がおかしくなりそうだったよ」
私たちがコンサートホールの前で池戸さんに会った日のことを思い出す。
あの日なんだか様子のおかしかった幸景さんは、てっきり危なげない私に怒っていたのだと思っていた。
けれど真相は違った。まさか……嫉妬だったなんて。
少し考えればわかることだったのかもしれない。けれど私の妻としての自信のなさと、池戸さんとの関係がバレてないと思い込んでいた浅はかさが、判断を鈍らせた。
そう話した幸景さんは、悲しそうに微笑んだ。
いつの間にか私の手を握っていた両手が、微かに震えている。……ううん、震えているのは私の方かもしれない。
今日このときほど、自分を馬鹿だと思ったことはなかった。
私はこの十ヶ月、彼の何を見てきたのだろう。大人で、余裕があって、穏やかで、ちょっとやそっとのことじゃ動じなくて……完璧で。
それも彼の一面であることに間違いはないけれど、全てではない。悩まない人間なんてない。どんなに強い人でも少しの不安も抱かず生きていくなんて不可能だ。ましてや絶対に失いたくない愛する人がいるのなら。
幸景さんだって普通の人間だ。平凡な家柄の、ひと回りも年下の私と結婚することになんの不安も抱かなかったはずがない。
けれど、彼は私を不安にさせないためにいつだって凛然としていた。
結婚を反対する声も、私の耳にはひとつも入ってこなかった。きっと私の知らないところで、大変なこともあったに違いないのに。
私はそんな彼の苦悩を知ろうともせず、愛されていることに慢心していたんだ。
「……ただ、誤解しないで欲しい。ボディーガードに監視まがいの報告をさせたのも、きみの対人関係を勝手に調べたのも、今回が初めてだ」
さらに言葉を続けた幸景さんは、申し訳なさそうに言った。
「きみが髪型を変えた頃から、ハイヤーやボディーガードを途中から使わず外出していることは知っていた。利用履歴は必ず報告されるからね。けど、きみが僕に内緒でよくないことをしていると考えたことはないよ。璃音が誠実なことはわかっているから。ただ……心配だったことは否めない。純真なきみを騙したり、間違ったことを吹き込むような人間と会っていたら、と。そんなときに――」
言い難そうに一瞬言葉を切った幸景さんに、「……池戸さんに会ったんですね?」と尋ねると、彼はわずかに眉尻を吊り上げて頷いた。
「きみたちが初対面じゃないことはすぐに勘付いたよ。それを僕に隠そうとしていたことも。どんな関係かは知らないが、ふたりが僕の知らない秘密を共有しているというだけで……不安と嫉妬で頭がおかしくなりそうだったよ」
私たちがコンサートホールの前で池戸さんに会った日のことを思い出す。
あの日なんだか様子のおかしかった幸景さんは、てっきり危なげない私に怒っていたのだと思っていた。
けれど真相は違った。まさか……嫉妬だったなんて。
少し考えればわかることだったのかもしれない。けれど私の妻としての自信のなさと、池戸さんとの関係がバレてないと思い込んでいた浅はかさが、判断を鈍らせた。